ロンドン五輪の開幕まで、残すところ1カ月余り。派手な扇子と帽子での応援でおなじみの、オリンピックおじさんこと山田直稔さんが、1992年に行われたバルセロナ五輪を振り返った。

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 バルセロナ五輪前は、いろんなことがあったんだ。

 五輪開幕の約40日前には、母のとよが90歳で亡くなった。その1年半ぐらい前に、実家のある富山から東京へ遊びに来たんだけど、何か様子がおかしくて、「会うのもこれが最後かな」なんて感じてた。それが本当になっちゃった。

 五輪直前に亡くなっていたら、現地には入れなかった。40日前というタイミングは、母の思いやりだったのかもね。前倒しで四十九日の法要を済ませ、バルセロナへ向かいました。

 バルセロナで思い出深い選手と言えば、もう競泳の岩崎恭子ちゃんだね。当時は14歳。まるっきりのノーマークで200メートル平泳ぎの金メダルを獲っちゃったんだからね。ゴールの瞬間、私は思わず挑びあがっちゃいましたよ。

 最後のターンを終えてからの泳ぎが、神がかり的だった。すごい加速だった。何かが乗り移ったかのようにね。栄冠をつかむ人間には、あんなことが起こるものなんだね。

「今まで生きてきた中で、一番幸せです」。彼女の微笑ましい名言が、日本中を席巻したよね。

※週刊朝日 2012年6月29日号