さて、今度のヨコオさんのお手紙にインドに一緒に旅したことを書かれていて、なつかしくなりました。ヨコオさんは、インドでも、新しい町に着くと、先(ま)ず、服飾店を見つけて、そこへ飛びこみ、着る物を片っ端から選(え)り抜いて、両腕にかかえられないほど買い占めます。その情熱的な買いっぷりは、十代の女の子のようで、可愛らしい様子でしたよ。パンツやシャツの他にじゃらじゃらしたアクセサリーも、お店が出せるほど買い占めます。何を着てもシックに着こなすヨコオさんは、インドの服もたちまち着こなして、おしゃれなインドの若い人たちがたちまち魅了され、ぞろぞろ後について歩くさまになります。買い物の時の真剣な表情は、絵を描く時のように殺気があります。あのダンディなヨコオおしゃれの根底は、ヨコオさんの芸術と同じ情熱がこもっているのだナと納得したことでした。

 そうそう、帰りの飛行機がバンコックで止められた大事件は、ヨコオさんの記憶ちがいを訂正しておきます。帰りの飛行機がバンコックで給油の為(ため)留まったことは事実ですが、その時、私たちのグループの一人がす速く荷物をまとめ、さっさと機から降りてしまい、どこかへ一人旅に出てしまったのです。その人は、私の親戚の者ではなく、新婚の頃、北京で色々世話になった夫の友人の息子さんでした。私の理子と同い年です。奈良時代から続いた旧家のボンボンで、超のんびり屋さん。バンコックから一人旅をしたいと、さっさと機から降りてしまったのです。さあ、その後の大変さ!! 私たちグループは荷物と共に全員降ろされ、飛行場にはだしで立たされ、身体検査やら荷物検査やらを徹底的にやられました。どうにかその難を逃げるのに、小一時間飛行機は飛びませんでした。大変な迷惑で、ヨコオさんは湯気が出る程(ほど)、勝手な行動をした彼を怒っていました。ウイスキー事件は覚えていません。ところでその途中下車の事件男が、この三日前に亡くなりました。七十四、五歳になっていての病死でした。私とはずっと親類づきあいで、まるで息子のようだったので、ショックです。たまたま、このレターを書く時にその報(しら)せが入ったのでびっくりです。あの時のように、ケロッとした顔でひょっこり帰って来ないかな、生き過ぎた私が替(かわ)ってあげればよかったのに。

 ヨコオさん、くれぐれもコロナに取りつかれないように! では、またね。

週刊朝日  2020年4月3日号

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