2組に分かれたスパイチームと特務警察との威信をかけただまし合いから目が離せない。イーモウ監督は、コロナ後に多くの人に映画館へ来てもらえるようにしたかった、と振り返る。

「中国の文化では、『雅俗共賞』(教養のある人も一般大衆も共に楽しめる)が芸術において最高の境地だと考えられています。私は商業性を拒絶したことはありません。映画があるのは観客がいるからで、とりわけコロナ終息後は、もっと多くの人に映画館へ来てもらわないといけません。だから私は「崖上のスパイ」をどんな観客でも楽しめるタイプの作品にしたかったのです。そのうえで私らしい特徴も加えたいと思いました。

 資料を積み上げたような、リアルでドキュメンタリータッチの映画にはしたくありませんでした。ストーリー性とキャラクターを強調し、高慢で作家主義的なアートフィルムにはしませんでした。しかし、『雅俗共賞』な作品を作るのは、とても難しいのです。起承転結が自然に流れなくてはいけないうえ、リズムよく、人物を豊かに描かなくてはいけません。メロドラマである以上、退屈ではいけないし、芸術的な特徴も必要です。

 スパイ映画のパターン、例えば、疑惑、どんでん返し、潜入、二重スパイ、さらに反転して……と思いつくような展開は全部もう誰かが使っているので、新しいことをする余地はありません。一番大事なのは、人物を立体的に見せること。ならば、雪が吹きすさぶ中で、キャラクターを際立たせようと思いました」

 映画全編が雪景色だが、冒頭から男女4人のスパイがパラシュートで豪雪の森林地帯へ落下。雪原での撮影は氷点下40度という厳しい寒さの中で行われた。

「雪の中の撮影で一番大事なことは、俳優たちと撮影機材を温めることです。人も機械も凍えさせるわけにいきません。幸い、今はいろんな技術があるので助かりました。困難だったことといえば、俳優たちが厚く積もった雪の中を歩くシーンです。歩く速度が遅く、おまけにテイクごとに変わる。事前に足跡を付けておくわけにもいかないので、俳優が歩くリズムを予測することが重要でした。最初のうちは経験不足で、何カ所も、コンディションのいい雪を踏みつけてダメにしてしまいました」

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