「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第26回は「難民キャンプで新型コロナ感染者が出たこと」について。
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心配していたことが起きてしまった。バングラデシュ南部にあるロヒンギャ難民キャンプ。バングラデシュ軍の発表では、100万人を超える難民が収容されている。そこで新型コロナウイルスの感染者が出てしまった。難民キャンプの住環境は劣悪だ。三密状態のなかに、おびただしい数の難民が暮らしている。
難民キャンプに近いコックスバザールには、年に2、3回は訪ねている。現地の小学校の運営にかかわっているからだ。仏教徒であるラカイン人が多い街で、穏やかな空気が気に入っている。
しかしいまは新型コロナ。厳しいロックダウンが続いている。
「難民キャンプが近いので、コックスバザールはほぼ都市封鎖。ほとんどの店が閉まっています。難民キャンプで感染者が出て、より厳しくなりました。ラマダン(断食月)が明けたので、人の動きが活発になる。感染の拡大が心配です」
と現地の知人は電話で伝えてくれた。ロヒンギャ難民はイスラム教徒だ。
4月下旬、難民キャンプやコックスバザールに新型コロナウイルスがまき散らされるという噂が走った。隣国、ミャンマーのラカイン州である事件が起きたからだ。
WHO(世界保健機関)の車両が襲撃され、運転手が銃殺されたのだ。WHOの車両は、新型コロナウイルスの検体をヤンゴンまで運ぶ途中だった。
ラカイン州、とくにバングラデシュに近いマユ国境地帯に暮らしていた主な民族は、ラカイン人とロヒンギャだった。その衝突が膨大なロヒンギャ難民を生んだ。そしていま、ラカイン人の軍事組織、ミャンマー軍、ロヒンギャの武装集団による三つ巴の戦闘はラカイン州全域に広がっている。WHOの車両を襲ったのがどの組織なのかわかっていない。それぞれが敵対しているだけに、ウイルスを武器にすることも考えられる。それが隣接するバングラデシュ南部にも入り込んできたら……。