「検事総長になって、間もなく、『そっちには行かないでください』と事務方から言う。なぜかと聞くと、『仕切りの向こうに法務大臣の部屋がありますので、それを超えないように』とぴしゃり。今も鮮明に覚えている。検事総長をとりまく検事や事務方も、それくらい政治との距離、関係について神経をとがらせていた。会合などで法務大臣と一緒になるときもあったが、挨拶程度しかしなかった。後は、知らん顔でしたね。写真撮られる時もニコニコせんと怖い顔していましたよ。仲良くなると、万が一、何か頼まれたりすると、断りにくい。法務大臣から頼まれるということは、指揮権発動にもつながりかねない」
メディアや政治家から、何を突っ込まれても、問題がないようにと自分を律し、常に緊張感を持っていたという。土肥氏はバッサリと黒川氏をこう斬った。
「黒川には律するという姿勢がなかったのか。次期検事総長が確実視され、普通の検事ではない、特別な存在という思いがなかったのか不思議でならんね。そういう気構えがないから、賭けマージャンに手を出してしまうんだ。要は、検事総長、トップにつく資質がなかったということだろう」
土肥氏が同じく現場派の吉永祐介氏から引き継ぎ、検事総長になった当時、検事らの大半が東京高検検事長で赤れんが派の根来泰周氏が次期検事総長の最有力候補とみていた。根来氏も3年以上、法務事務次官を経験。とりわけ、自民党の梶山静六元官房長官と親しいとされた。政治との距離が近すぎることが危惧され、検事総長への道が閉ざされたなどと当時は報道された。今回の黒川氏と根来氏は非常に似た状況だった。
「確かに、根来氏が黒川と同じような立場で、政治とのことはやっていたような感じでしたね、当時は。政治家と親しくなり、いろいろ相談されると法務省や検察に一言、言いたくなるもの。それが捜査などに悪影響、予断、忖度を与えてはいけません。だから、政治とは距離を置かねばならない。私は検事総長になってからは、会食があっても2次会には絶対に出席しませんでした。どこで誰が見ているかわかりませんし、政治家と鉢合わせすることも考えられますから」
土肥氏は賭けマージャンはしなかったという。
「やったのは若いころ、仲間内で一時期だったかな」
最後に河井前法務相夫妻ら政治家への捜査などに従事する後輩へこうメッセージを送る。
「検察とは何か、政治との関係はどうあるべきか。信頼回復には、もう一度、検察の原点に立ち返ることが、最も大切だ」
(今西憲之)
※週刊朝日オンライン限定記事