「ある時、峯岸みなみちゃんが楽屋でDVDを観ていたんです。それをのぞいたら、お風呂の中で人を切断しているシーンで。『何これ!』と、全身に衝撃が走りました。グロテスクなのに、強烈に引き込まれてしまうことが自分でも不思議で。そこから、園監督の映画を片っ端から観て、あの、表向きはバイオレンスなのに、ブラックな笑いが潜んでいる感じや、人が物事に固執する時の滑稽さにハマって、大ファンになったんです」

 それにしても、燻(くすぶ)っていた彼女のもとへ、どうして突然、眩(まぶ)しい光が射(さ)したのだろうか。

「映画雑誌のインタビューで、『園子温監督のファンです』と話していたのを、プロデューサーさんが読んでくださったみたいです。撮影は4日程度でしたが、すごく刺激的で楽しかったですし、最高の出来事が起こったんだから、これできっぱりと卒業して、独り立ちするぞ!って思って、事務所の人にも『卒業しようと思います』と伝えました」

 その直後、15年の冬に、最大のピンチが訪れた。プロデューサーの秋元康さん直々に、新しくできるNGT48への移籍の打診があったのだ。もし断ったら、それはAKB48からの卒業を意味すると思った。ここで卒業するか、新潟に行くか。道は二つに一つだった。

「不思議ですよね。もう、『辞めよう』と思っていたのに、新潟行きを打診されて迷うなんて。散々迷って、悩んだ揚げ句、結局、新潟に行くことにしたんです。その時の心境については、記憶が曖昧な部分も多いのですが、当時のマネジャーさんと『今ここで辞めても、誰にも惜しまれないんだよ。それでいいのかなぁ』って、ワンワン泣きながら話したことは記憶にあります(笑)」

(菊地陽子、構成/長沢明)

週刊朝日  2020年7月3日号より抜粋