ただ一つ、彼女のアイドルとしての弱点は、一番を目指すことに必死になれなかったことだった。一致団結が好きな彼女は、仲間内での競争は苦手分野。AKB48では、「シングル選抜に選ばれること」や「総選挙で上位に食い込むこと」が最優先課題だ。そんな中で、「二推し(2番目に応援しているメンバー)にしてもらえたらラッキー。関心を持ってもらえるなら、何番目でも嬉しい」と考える彼女が、グループ内で高い人気を保ち続けることは至難の業だった。

 人気商売であることにプレッシャーは感じながらも、心から、「この仕事に就けてよかった」と思えるような出来事と出会う。

「東日本大震災が起こってから、AKB48は月に1回のペースで東北の被災地を訪問していたんですが、その時、私たちを見て、笑顔になってくれる人たちがいることに、逆にすごく力をいただいた気がしたんです」

 自分たちの非力さに打ちのめされそうな時もあった。被災地訪問なんてしょせん偽善だと揶揄(やゆ)されることもあったが、現地に行けば、少しでも心が触れ合う瞬間に立ち会うことができた。

「その瞬間だけは、わずかな喜びや楽しみ、もっと言えば被災者の方の痛みのようなものも、少しだけ共有できたように感じられました。東北に行くたびに、アイドルの存在意義のようなものを実感することができたんです」

 アイドルとしてできることが広がっているように感じていた彼女だが、総選挙で選抜メンバーに選ばれない時期もあった。

「スランプなのか、アイドルを続けていくかどうか迷わざるをえない状況が続きました。でも、当時はまだ若かったので、『ここでダメでも、卒業後に巻き返せばいい』って、現実から目を背けていたんです。本当は、そこで頑張らなければ、辞めてからもダメだって気づいていたはずなのに」

 様々な葛藤を抱えていた時、園子温監督が演出を担当するドラマ「みんな!エスパーだよ!番外編~エスパー、都へ行く~」のオファーがあった。1時間のスペシャルドラマへのゲスト出演。跳び上がるほど嬉しかった。上京するまで、地方の映画館でも上演されるような、メジャーな映画だけ観ていた北原さんにとって、21歳の時初めて園監督の「冷たい熱帯魚」を観たことは、ものすごい衝撃だった。

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