姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
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(c)朝日新聞社
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 都知事選は現職の圧倒的な勝利に終わり、投開票が行われた5日の夜8時、NHKは放送開始から4秒後に「当選確実」を出しました。数日にわたる3桁の新しい感染者数で動揺する首都の緊張した空気の中での選挙。それは、あまりにもあっけない結末でした。投票率は前回を4ポイント以上も下回る55%です。有権者のおよそ2人に1人しか投票所に足を運ばなかったことになります。

 そんな中、投票した有権者の多数が雪崩を打って現職の小池知事を支持しました。特に注目したいのは、いわゆる無党派層の半数以上が小池知事に1票を投じていることです。それはどうしてなのでしょう。確かに休業要請に応じた事業者への協力金の拠出など、国との差別化戦略が功を奏した面もありましたが、人々の不安な心理が劇場型の政治的パフォーマンスにたけた小池知事になびく動因になったのではないかと思われます。

 しかし、東京アラートや新規の感染者数の増大に対する対応などの「やってる感」の演出とは裏腹に、その政策的な評価は決して芳しいとは言えないはずです。そもそも、第1期のマニフェストだった七つのゼロ──満員電車、残業、都道電柱、多摩格差、ペット殺処分、介護離職、待機児童をゼロに──のうち実現されたものはほぼないにもかかわらず、今度は「東京版CDC(疾病対策予防センター)」の創設や「稼ぐ東京」「輝く東京」「都民ファースト」など、つかみどころのないアドバルーンが打ち上げられ、次から次へと劇場型の場面転換だけが続いています。

 このパフォーマンスは、既に国政の長期政権でおなじみのパターンです。都政と国政が劇場型権力という点で相似形をなしているところに、現在の日本の政治的な閉塞がありそうです。

 都知事選挙の結果は、国政レベルでの解散総選挙の引き金になるかもしれません。低い投票率でも、というより低い投票率だからこそ、劇場型権力になびいてしまう「不安の影」は今後もますます大きくなっていくのでしょうか。政治の失敗が不安を増長し、それが失敗した政治への求心力を強めてしまうという悪循環。これらを断つのは都民であり、国民なのです。

AERA 2020年7月20日号