指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第28回は、寺川綾選手の成長プランとその成果についてつづります。
【写真】2011年上海世界選手権50メートル背泳ぎで2位に入った寺川綾選手
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「チャンピオンになるだけではダメだ。チャンピオンとして私から独り立ちしなくては」
ボクシングの名トレーナー、カス・ダマトが遺した言葉に共感します。水泳が速いだけでなく、独立心と向上心が強い選手に育ってほしい。世界一にはなれませんでしたが、2012年ロンドン五輪で女子100メートル背泳ぎとメドレーリレーで銅メダルを獲得した寺川綾は、人間的に大きな成長を遂げた選手の一人です。
高校2年で01年福岡世界選手権200メートル背泳ぎで決勝に進み、04年アテネ五輪は同種目8位。しかし、08年北京五輪は代表を逃しました。本人の希望を受け入れて私が指導を始めたのはその年の暮れ、彼女が24歳のときです。
実績がある、できあがった大人の選手です。どうやったらいい方向に変えられるだろうか。私にとっても新たなチャレンジでした。
水泳の練習は、総合的に力をつけるために泳ぎ込む練習と、持っている力を最大限に引き出す質を重視した練習に大別できます。私は通常、泳ぎ込みで精神的なキャパシティーも大きく広げてから、練習量を減らしながら質を高める練習に切り替えていきます。
寺川には、逆の方法を取り入れました。まずは質の高い練習で大会ごとに結果を出す。「私の練習をやれば伸びる」という信頼関係を築いてから、ハードな練習に取り組むプランです。彼女の得意な練習を入れて言うことを聞いているふりをしつつ、私がやりたい厳しい練習へ向けた「啓蒙活動」を地道に続けました。
50メートル背泳ぎで銀メダルを取った11年上海世界選手権がターニングポイントでした。世界大会初のメダルで大きな自信をつかみます。一方、400メートルメドレーリレーでは思うような泳ぎができず5位に終わり、悔し涙を流しました。