政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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7月16日の参院予算委員会での東京大学先端科学技術研究センター児玉龍彦・名誉教授の警告には、震撼(しんかん)させられました。新型コロナウイルス拡散の当初から児玉氏の発言に最も信を置いていた私にとっても、児玉氏の涙ながらの警告に身がすくむ思いです。
分子生物学が専門でもある児玉氏のゲノム配列の解析によると、第1波は「中国・武漢型」、それに「イタリア・アメリカ型」が続きます。現在は「東京型・埼玉型」が広がりつつあり、東京や首都圏がエピセンター(感染の震央部)となり、そこからいくつものクラスターがボコボコとできつつあるかもしれないというのです。
「東京型・埼玉型」が感染の中心になりつつあるということは、明らかにウイルスが外生型から内生型へと変異しつつあることを意味します。感染経路を辿れるケースは限られ、ますます市中感染が広がろうとしているときに、観光振興策として税金を投入して旅行の奨励を図ることが本当に関連業者救済となるのでしょうか。GoToトラベルが、GoToコロナになったら取り返しのつかない事態が待ち構えているはずです。キャンペーン実施に至る政府の迷走ぶりを見ていると、政府に一貫した統一的な戦略があるのか、疑わしいと思わざるを得ません。
場当たり的に弥縫策(びほうさく)を講じ、「やってる感」を演出しながら支持率を上げ、それをテコに総選挙で政権の浮揚を図る手法の限界が、新型コロナウイルスという予測し難い危機ではしなくも暴露されたと見るべきかもしれません。
政権批判=「反日」のレッテル貼りは、もはや通用しないはずです。パトリオティズム(愛郷主義)を自認する者ならば、この国に生きる人々への愛着(アタッチメント)ゆえに、「理非曲直」を弁えない政治に「ノー」と言うべきであり、それは日本人か否か、男か女か、芸能人か一般大衆か、賢者か愚者かにかかわりなく、この地で生きる者たちの「義務」でもあります。
このままではミラノやニューヨークの二の舞いになるという児玉氏の鬼気迫る警告は学者の良心を賭けた声であると同時に、やむにやまれぬパトリオット(愛郷者)の叫びなのでしょう。
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2020年8月3日号