指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第30回は「『チーム強化』の原点に立ち返る」。
【写真】シドニー五輪の女子400メートルメドレーリレーで銅メダルを獲得した日本チーム
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7月23日は延期になった東京五輪開会まで1年の節目でした。本来なら今ごろ五輪が始まっていたのか、という感傷的な思いは一切ありません。目の前に五輪があろうとなかろうと練習は続けるし、高いモチベーションをもちながら水泳に打ち込むことに変わりはありません。
この3カ月、選手たちは「なぜ泳ぐのか」を考えてきました。自分の限界へのチャレンジだったり、完璧な泳ぎを目指す取り組みだったり、それぞれが悩みながら得た答えは、五輪があるとかないとかで簡単に左右されるようなものではないような気がしています。
2013年に20年の五輪が東京に決まったときから、お金がかかりすぎるなどの理由で開催に反対する声が出ていました。
「商業五輪」が始まったのは1984年ロス五輪からと言われます。スポーツで世界を一つにつなぐという本来の理念とは別に、五輪には商業主義や政治利用といった側面があって、そのことに違和感を持つ人が増えているように感じます。純粋に競技力向上を目指している立場として、あまりよい心地がしていないのは確かです。
それでも、もちろん五輪で最高の結果を出せるように1年後に目標を定めて計画を立てています。一方、東京都の1日当たりの新型コロナウイルス感染者が300人を超え過去最多となるなど、1年後の五輪開催が危ぶまれる状況が続きます。先週号の週刊朝日は「東京五輪あるわけない」の見出しを表紙に載せて特集を組んでいました。
先日、社会人スイマーの青木玲緒樹(れおな)から「お酒を飲んでいたお父さんが『ここまできたらオリンピックを目指せ、本気でメダル、金メダルを目指せ』って言うんです」という話が出ました。青木は昨年の世界選手権女子100メートル平泳ぎ4位。「とっくのとうに目指しているのに、お父さん酔っ払ってたな」と心の中で思っていました。そして翌日、練習中にその話がポッと頭に浮かんで、青木に「もしかして、この前の話って来年のオリンピックじゃなくて、次のパリのことなのか?」と聞いたら、「そうです」と。それで合点がいきました(笑)。