平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長
平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長
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現役引退後も水泳の普及活動に力を入れる北島康介さん (c)朝日新聞社
現役引退後も水泳の普及活動に力を入れる北島康介さん (c)朝日新聞社

 指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第31回は、水泳の外側から学ぶ大切さについて。

【写真】現役引退後も水泳の普及活動に力を入れる北島康介さん

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 これまで世界のトップを目指す多くの選手を指導してきました。水泳という、自分が得意なもの、人に誇れるものを選択して、一つのものを極めようとする選手の姿勢は素晴らしい。そういう考えが私の指導の根底にあります。

 ところが、東洋大学の教員として授業で学生に水泳を教えるようになって、新たな気づきがありました。学生たちは水泳の授業の合間に、アルバイトでの経験や海外旅行に行ったこと、ゼミで街おこしのボランティアに参加したことなど、いきいきと話します。楽しそうに語る学生の表情を見ながら、思いました。「競泳に打ち込んでいる水泳部の選手たちは、世界が狭いんじゃないか」と。

 東京スイミングセンターで中学生の北島康介を教え始めたころから、「水泳以外の生活も大切にする」ことを考えていました。家庭生活、学校生活、そして私生活です。世界のトップを目指す選手である前に、一人の若者として成長してほしい。家庭で保護者と話をする。学校にしっかり行って、友人と過ごす時間を持つ。その年代のときに普通に経験することを省いて、ジュニアのころから競泳という得意なものだけに特化していくと、いつの日か人生の岐路に立ったとき、「自分は水泳しかやってこなかった」と後悔するのではないか。そんな想像をしていました。

 大学で教えるようになって、その考え方は間違っていなかった、と実感しました。記録が頭打ちになった水泳部の選手にこんな話をしました。

「水泳の問題を水泳の中だけで解決しようと思っても、なかなか難しい。君らの年齢になったら水泳以外のことから問題解決のヒントを探るべきじゃないか。アンテナを高く立てていれば、たとえばテレビを見ているとき、遊びに行っているとき、『あっ、これは水泳につながる』という発見が、きっとある。自分が悩んでいることを、小説の登場人物が経験していたり、テレビでだれかが話していたりすることだってありうる。外側の世界からいろいろ引っ張ってくることが必要だ」

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