現実世界での感染の脅威が広がっていて、想像していた背景や進行では立ちいかなくなってしまうと圭史は思った。世界が感染に苦しむ中、感染にまつわる物語を書くことへの抵抗も強く、遅々として思考が進まなかったという。
そんな時、彼の背中を押した少年の一言があった。コロナウイルスをとても怖がっているという友人の子供だった。
「8月に子供向けの芝居があるけど行きたいか?と友人が尋ねると、6歳の子が『行く!』と。その一言でスイッチが入った。その『行く!』は強烈で、松(たか子)さんに事前に話をしました。松さんは出ずっぱりになると思う。場合によっては(コロナの状況がもっと悪ければ)、松さんだけ語り続ける舞台になるかもしれないとも思っていたので、松さんが大変になっちゃう本を書いていいですか?って聞いて」
長塚圭史と松たか子さんのこんなやり取りがLINEには綴られていた。
コロナ災厄の現実に真っすぐに向き合った今回の上演は、決して大げさでなく、これからの演劇界にとって大きな一歩だと確信した。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2020年8月28日号