半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「絵描くセトウチさん、当分死ねませんよ」
セトウチさん
いやー、場面転換が早いですね。何(な)んだかグダグダ言ってらしたので、絵から心が離れたのかな? と思ったら、水面下で、遺作展まで考えてらっしゃる、そののめり込みは凄(すさ)まじいですね。たった2点描いただけで、遺作展の発想とは。どうもセトウチさんは事を大袈裟(おおげさ)にすることで意欲的になられるところはパフォーマンサーですね。セトウチさんの長寿の秘密はここにあるんですかね。三島由紀夫さんにもこういうところがあります。俳優の資質ですかね。人に注目される場面設定をして、自己変革をしていく……。
僕にもそういうところがありますが、僕の場合はクモに似ていて網を張って、獲物がひっかかるのを待つタイプです。網に獲物がひっかかって初めて、行動を起こします。どちらかというと成り行きにまかせる運命論者ですが、セトウチさんや三島さんは自分の意志に従って運命を切り拓(ひら)いていくタイプですね。
運命にまかせるということは予測不可能を基本的に肯定する必要があります。だけど三島さんは、そんなアプレゲール的な危(あぶな)っかしいことはしません。全て論理的に計算された生き方でしょ。手帖(てちょう)に予定の行動がびっしり記されていて、時計みたいに正確に計画を遂行していきます。死に方までリハーサルする人ですからね。麻酔もしないで自分の意志で自分の身体にメスを入れて外科手術しちゃうんだから、本当に完璧主義者です。
セトウチさんは、衝動的で気が多いところは三島さんと正反対で、コロコロ変(かわ)ります。女心と秋の空です。そして天気予報の才能があります。遺作展というのが予報です。実際に天に向(むか)って印を結んで「エイ」と叫んで雨を晴に変えてしまう不思議というか変な術を使って運命を切り拓いていっちゃいます。遺作展だって、どっかでけつまずいて思い通りに描けないと、突然、「ヤメ!」と言いそうです。周囲の人達は気をつけていないと振り廻(まわ)されます。