『アルルカンと道化師』では、銀行に加えて絵画の世界が舞台になる。絵画では、他人の絵に似た作品を描いたからといって作品の価値が否定されるわけでないことを知り、興味を持ったという。
「模倣と盗作、剽窃(ひょうせつ)は紙一重。そこを分け隔てるのはどうも、『真似するほう』と『されるほう』の人間関係のようです。日本の画壇でかつて権威ある賞を取った画家がいて、受賞後に海外の画家からクレームが入り、賞を取り消されたことがあります。両者の関係がちゃんと成立していなかったために問題化したのですが、もし両者の間で作品を模倣することに了解があった場合は?評価が難しくなりますよね」
令和の現在なら、盗作疑惑が出たとたんにSNSで大炎上しそうだ。両者の関係性などどうでもいい輩やからが背景も調べずに批判の大合唱をするだろう。SNSでの書き込みをめぐって有名人のアカウントが燃えるケースもこのところ頻発している。作家も例外ではない。
「批判は結構ですけども。ただ、本名でやりませんか」
どこの誰かわからない状態でカーテンの向こう側から批判するのは誰でもできる。本当に批判するなら名前と素性を明かしてやればいいが、そんな人はほとんどいない。半ばストレス解消のように、誰かをバッシングする人が絶えない世の中。
「この状況は変わらないと思います。インターネット上のアカウントを一人に一つ割り当てて、書き込みと投稿者をひも付けるという策も、現実的ではないでしょう。発信する側が発言に気を付けるしかありません」
池井戸さん個人がSNSによる情報発信をしていないのには理由がある。
「プロの書き手なら、しかるべき媒体で自分の主義主張を展開すればいいと考えているから。なぜ作家がタダで書いた文章で炎上しているのか、不思議で仕方ありません。職業作家として文章を生業(なりわい)とするなら、正攻法で世に問うべきでしょう」
池井戸さんの作品はリアルかつ誰にでも楽しめるストーリーが特長。細かい心理描写はあえてされていないのに、敵対する人間に向かう半沢の息遣い、場の張りつめた空気が伝わってくる。