レジェンド羽生善治九段が帰ってきた。最強の姿を取り戻し、新時代の旗手を粉砕してみせた。 ベテランが避けがちな最新型での真っ向勝負。英雄譚はまだまだ未完だ。「将棋」を特集したAERA 2020年10月5日号から。
【写真】藤井聡太二冠は「一人だけ小数点第2位まで見えている」と語った棋士はこの人
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英雄が、満を持して帰ってきた──。そう感じさせるような、圧巻の勝利だった。
9月22日。49歳の羽生善治は新時代のスーパーヒーロー、18歳の藤井聡太と対戦した。藤井の肩書は王位・棋聖をあわせ持つ二冠。一方、無冠の羽生は「九段」である。
どんな世界でも、時代の超一流は若手・新人の高い壁となるだろう。しかし将棋界では規格外の新人がいきなりトップ棋士を圧倒することがある。現在の藤井がそうであり、30年以上前の羽生もまたそうだった。
羽生がデビュー以来ほどなくトップを相手に勝ち始めたように、藤井もまた同じ道をたどっている。羽生と藤井の過去4回の対戦は、藤井の4戦全勝。今回5戦目の時点では両者の席次はついに入れ替わり、はじめて藤井が上座に着いた。
■最新の横歩取りを採用
勝率的にわずかに不利な後手番を持った羽生は、現代最新の横歩取りの作戦を採用した。いつの時代も若手は最新型を研究し尽くしている。対してベテランはそうした競争にはついていかず、真っ向勝負を避けることも多い。そうした中で羽生は、若い時と変わらず、常に最前線の土俵で戦い続けている。
藤井は序盤早々、強気に飛車を切り捨てる。難解な中盤戦。羽生は藤井の読みを超えて優位に立った。そして最終盤。現代の最強将棋ソフトが250億手以上読んで最善と判断する指し手を羽生は選んで踏み込んだ。最後は藤井が気づかなかった詰みを読み切って押し切る。絢爛華麗にして正確無比な羽生の棋風がそのまま盤上に表れたかのような一局だった。
「平成」が始まった1989年。当時19歳になったばかりの羽生は、初タイトルの竜王位を獲得した。10代での戴冠は当時の最年少記録。以来、羽生は将棋界初の七冠同時制覇をはじめ、あらゆる栄冠を勝ち得てきた。