■分割的注意を仮想実現

 そんな「分割的注意」を生み出せる環境をリモートでも実現しようとしているのが、ソフトウェア開発会社のサイボウズだ。

 同社が2月下旬に完全在宅勤務を導入した際、社員から「打ち合わせがなければ丸一日一言も発せず、誰の顔も見ないことがある」「多少の雑音があった方が集中できるのに」といった意見があった。そこで、社員がいつでも自由に接続できるリモート会議室「バーチャルラウンジ」を開設したという。

 カメラをオンにして仕事している人、音声だけをオンにしている人、カメラもマイクも切って他の人の音だけを聴いている人など使い方は人それぞれだ。同僚の様子をうかがったり、画面を見て「○○さん、ちょっといい?」と話しかけたり。ただ画面を見て「自分は一人じゃないんだ」と安心感を得るだけでもいい。もちろん、接続せずに働いてもOKだ。

 もうひとつ、特徴的なのが「実況スレ」だ。会議や勉強会があるたび、社内のチャットスペースにスレッドが立ち上がり、参加者がネット掲示板「5ちゃんねる」のようなノリで会議の様子をリアルタイムで書き込んでいく。自分の業務とは直接関係のない情報に接することができる貴重な機会だ。

 特に盛り上がるのが、経営会議の実況スレ。オブザーバーで参加する一般社員が社長や役員の発言を次々に投稿し、多くの社員が状況を把握しながらチャットで横やりを入れていく。

「あとから見返しても、その場の雰囲気が伝わって議事録以上に役立つこともあります」(同社チームワーク総研のなかむらアサミさん)

 チャットでのコミュニケーションは、在宅勤務を実施する多くの企業が導入した。しかし、盛り上がらずに休眠状態に陥るケースが多い。意味のある場にするためには何が必要なのか。

「得意な人から始めることです。発信が苦手な人が無理をする必要はない。得意な人が始めて、マネジャーや余裕のある人が反応すればやり取りは自然に増えます」(同)

 同社では8月以降、完全在宅から、在宅でも別の場所でも自由に働ける従来の勤務体制に戻っている。それでも、かつて8割程度だったオフィスへの出勤率は4割程度になったという。

「在宅のメリットは多くの人が味わった。一方で、オフィスの役割もあると思う。今後オフィスはどうあるべきか、社をあげて議論を続けています」(同)

(編集部・川口穣、渡辺豪)

AERA 2020年11月9日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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