エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
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10月25日、青少年ピースキャンドルの集いで、広島・原爆死没者慰霊碑前で核兵器禁止条約を批准した50の国と地域を報告する高校生ら (c)朝日新聞社
10月25日、青少年ピースキャンドルの集いで、広島・原爆死没者慰霊碑前で核兵器禁止条約を批准した50の国と地域を報告する高校生ら (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 昨年冬、広島の平和記念資料館を訪れました。リニューアルを終えた展示からは焦土を彷徨(さまよ)う人々の人形はなくなり、最新技術を使って犠牲者一人一人に焦点を当てた内容に。原爆の残酷さに言葉を失います。巨大なキノコ雲の下で苦しみながら亡くなった人たちには名前があり、続いていくはずの日常がありました。1発の爆弾で都市が壊滅し、人々は熱線で跡形もなく蒸発、あるいは瞬時に骨になり、あるいは血まみれで街を彷徨い、放射能による後遺症で長年にわたって苦しみました。広島・長崎の犠牲者は現在までに50万人以上とも言われています。たった2発の爆弾が、75年にわたって膨大な数の人々を殺し続けているのです。

 このほど核兵器禁止条約(TPNW)の批准国が50カ国・地域となり、2021年1月の発効が決まりました。けれど核保有国は含まれておらず、日本など、他国の核の傘の下にある国々も批准していません。それでも条約の発効によって、核軍縮の圧力が高まると期待されています。

 世界で唯一の被ばく国である日本では、震災で融(と)け落ちた3基の原子炉の廃炉作業があと数十年続きます。核兵器の非道さ、そして原発のリスク、双方の恐ろしさを身をもって知っているのは世界で日本だけです。その日本が核兵器禁止条約を批准すれば、核廃絶の訴えに一層の説得力が出ます。ただ、核の傘の下に入るほかないのだから現実的に考えろ、というのもわかります。私もその傘に守られてきました。

 だからこそ、そんな傘が必要ない世界の実現を切望します。被ばくの現実を知る日本の声を、核兵器禁止条約批准という形で世に伝えることはできないものか。「世界から戦争はなくならないが、なくせると本気で信じる人にしか、世界を変えることはできない」という故・緒方貞子さんの言葉を何度も思い出しています。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2020年11月9日号