覗き観る芝居だけを心の支えに下女奉公を続けていると、8年前に別れたきりの父親が金の無心に現れて、吝嗇な主人からわずかばかりの退職金をせしめると、地元の富田林へ連れ戻された。
■自ら芝居の世界へ飛び込んで
生家に立ち寄ることも許されず、次の奉公先へ向かうと、父親は前払いの給金を受け取り、さっさと消えてしまった。だが、思いやりのある新しい主人のもとで働くうちに、人間らしい心を取り戻すことができたという。
18歳になった時には、今度こそどこに売られるかわからないと覚悟を決めて、置手紙を残して奉公先を出奔し、やっと自分の意思で人生を歩きはじめる。
あてもなく京都へ向かい、口入れ屋(職業斡旋所)に紹介されたカフェーで女給として働いた。実年齢より老けてみえるほど、奉公の苦労は容貌に影をおとしていたが、若い娘らしい晴れ着に身を包み、薄化粧をほどこしてみれば、周囲よりも自分が驚くほどに、目元が涼しいモダンな顔立ちの美人が鏡の中にいた。
迷うことなくすぐにカフェーを辞めて、芸能プロダクションの新人募集に応募すると、すんなり採用されて、別世界だった芸能界で生きていくことになった。
最初の芸名は三笠澄子という。デビューする前にプロダクションは潰れてしまうが、目をかけてくれていた監督の紹介で、芸術座出身の女優が率いる一座に加わり、京都の第二新京極の三友劇場にて初舞台を踏む。風邪をひいた人気女優の代演でチャンスをつかみ、一目置かれるが、一座は徐々に不入りをかこち、ついにはあてもなく地方巡業へ出ることになった。
すると劇場の支配人に一人だけ呼ばれて、難関といわれていた東亜キネマを紹介してもらえることになり、期待の新人として迎え入れられた。芸名は香住千栄子に変わり、スクリーンデビューも果たし、順調にいくかと思いきや、会社の不当な人員整理に強く反発して、自分の立場は保証されていたにもかかわらず、辞表を叩きつけて退社してしまう。