ロックダウンの間はベルリンフィルもフルオーケストラ公演はできませんでした。でも、ペトレンコさんが配信用に小さなアンサンブルを指揮し、指揮者と奏者が上下関係ではなく音楽家同士で話し合いながら作っていく姿を見て、「これはフルオケでも同じことだな」と思ったのです。ベルリンフィルは優秀な奏者が揃い一人一人の意見がかなり強いので、リハーサルの休憩時間などにもペトレンコさんと意見交換する姿をよく見かけます。お互い尊敬しあっていても、よい音楽を作るためにかなりの緊張感を持った話し合いが行われますね。私もペトレンコさんだけでなく、オケの人たちからかなり影響を受けました。
■議論で親しくなれる
実は日本にいる間、沖澤は何度も生きづらさを感じていた。だがベルリンに住み始めると、「周りに要因があったのではなく自分から枠を作っていたのではないか」と思うようになった。
音楽と自分を同一視していて、少し厳しいアドバイスをもらうと私自身への批判だと感じてしまっていました。でもドイツへ行って以来、違う意見の人とも議論を避けて穏便に済ませるのではなく、正面からきちんと議論することに慣れてきました。自分の人格と議論とは違う。例えば政治的な心情が違っても、ちゃんと議論を通じて親しくなれるのです。物理的に日本と距離を置けることも大きいですね。
リトアニア人男性と結婚し家庭は安定したが、指揮者としてのキャリアはまだこれから。「メリー・ウィドー」でどんな音楽を披露するか楽しみである。(構成・ライター 千葉望)
※AERA 2020年11月30日号