「むしろ加害者に対する処罰感情がなかったから、石田さんは長年苦しんだのです」
石田さんは最初から訴訟を起こすつもりだったわけではない。被害に気がついた後に教師を続けている男性に会いに行き、事実確認と謝罪を求めた。そのとき男性は事実を認め、石田さんが覚えていなかったことまでも話したという。石田さんはその会話を録音し、その事実をもって札幌市教育委員会に訴えたのだが、男性は一転、「彼女に話を合わせた」と事実を否認し、教育委員会も「男性が否定しているから」ということを理由に処分をしなかった。
「訴訟は私に残された、ただ一つの手段でした」
東京高裁判決後の記者会見で石田さんは、そう話した。
今回の石田さんの訴訟は、民法の20年という除斥期間が壁になった。そして刑法では、強制性交罪等の公訴時効は10年と短い。今の刑法では強制性交罪は10年を経ると訴えることができないのだ。でも実際は石田さんのように、被害を受けてからずっと原因不明のまま苦しみ、数十年を経て、性被害だったことに気がつく人は少なくない。10年というのは、性被害者の実態に合っていないのだ。今、法務省で検討されている性犯罪刑法の議論で、この10年の壁がなくなることは、性被害者たちの悲願でもある。
それにしても、今回の高裁裁判官らは本当に石田さんの被害を理解しているのだろうか。判決では男性教師が石田さんに何を行ったのか事実認定をしている。それは大きな前進ではあったが、それならなぜ?の思いが拭えない。判決には石田さんが15歳から性的行為をしていたのなら、その意味を十分理解していたはずだ、などとも記されていた。
「(裁判所は)性的なことと、性暴力を区別していない」と石田さんは批判したが、日本社会を高学歴な男性として生きてきた裁判官の経験値から、10代の女の子が味わう絶望は、どのように見えるのだろうか。
訴訟は人生を変えた、と石田さんは話していた。訴訟を起こす前は9割の人が「やめたほうがいい」と言ったという。それでも今は多くの人が石田さんの言葉を信じ、性暴力を理解し、#MeToo#WithYouの声をあげている。「声をあげたら、わかってくれる人がいました。性暴力を理解できないのが、教師と、行政と、裁判所であることが本当に残念です」と石田さんは司法記者クラブの記者会見で語った。
今後、石田さんは裁判所の事実認定をもとに、札幌市教育委員会に再度、教師の処分を求め続けるという。
石田さんの声が、多くの声をひらいてきた。たとえ刑事で訴えられないことであっても、自らの被害をこのように訴え続けた石田さんの力によって、諦めなくていいのだ、と多くの人に力を与え続けてきた。
刑法改正の検討会が、声をあげた性被害者の現実に、その痛みに寄り添うものになることを強く願う。
■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表