フラワーデモで声を上げる石田郁子さん(Change.org)
フラワーデモで声を上げる石田郁子さん(Change.org)
この記事の写真をすべて見る
東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開いた石田郁子さん
東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開いた石田郁子さん
作家の北原みのりさん
作家の北原みのりさん

 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、教師からの性被害について。中学時代の教師と教育委員会を訴えた石田郁子さんの裁判の結果は、今の司法の抱える課題を浮き彫りにしたという。

【写真】「訴訟はただ一つの手段だった」。会見での石田さんの様子

*  *  *

 小学生の娘をもつ女友だちが、「娘が塾に行くときはスカートをはかせないようにしている」と言った。彼女自身、幼いころに通っていた塾で、講師から性被害を受け続けたからだ。授業が始まる前の黙祷の数分間、その時間は男性講師がスカートの中に手を入れてくる時間だった。その間はギュッと目を閉じて体を固くする。手が離れ目を開くと20代の男性講師は何ごともなかったかのような顔で授業を続けていた。このことは親にも友だちにも誰にも言ったことはないという。

 彼女がそのような話をしてくれたのも、近年、塾や学校での教師や講師からの性被害を訴える声が広まりつつあるからだ。「私だけじゃなかった」。そのような声が声を呼ぶように、過去に教師からされてきたこと、いま子どもたちが学校で受けている被害が可視化されつつある。その声の火付け役であり、教師からの性暴力問題に果敢に取り組んできたのが、札幌市教育委員会と中学教諭を訴えたフォトグラファーの石田郁子さんだ。

 石田さんは15歳のとき、信頼していた男性教師から性被害を受けた。加害は石田さんが19歳になるまで続いた。

 性被害は暴力や怒声の中で行われるわけではない。被害者がこれは恋愛なのだ、と自ら理解することで継続的な性被害を受けることもある。石田さんも長らくそのように理解していた。対等な恋愛などではなかった、あれは性暴力だったと気がつくまでに20年間を要した。

 石田さんが市教委と教師を相手に訴訟を起こしたのは2019年だった。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したとし、約3千万円の損害賠償請求を行ったのだ。残念ながら一審ではPTSDそのものが疑わしいとされ、控訴した高裁でも2020年12月15日に石田さんの訴えは棄却された。

 私は高裁判決を傍聴したが、中高年男性3人の裁判官の出した判決は、性被害がその後の人生に長く影響を及ぼす暴力であることを全く理解しない冷酷なものにみえた。一審ではPTSDそのものを裁判所に疑われたため、二審では新たに臨床心理士によるPTSD発症に関する報告書が提出されたのだが、裁判官は専門家の医療的判断を証拠として採用もせず、一方で、石田さんには教師に対する「処罰感情」があったと仮定していた。東京・霞が関の司法記者クラブでの記者会見で、石田さんの代理人弁護士は、「処罰感情」とは原告側からは一度も使ったことがない言葉だと語り、こう言った。

次のページ
最初から訴訟を起こすつもりではなかった