毎年、正月三が日には、高齢者が餅を詰まらせて救急搬送されるニュースが報じられます。そのまま命を落とす人も……。「死ぬときはピンピンコロリで」という高齢者が多いようですが、果たして餅が詰まっての窒息死は、ピンピンコロリといえるのでしょうか。
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昨年(2020年)1月1~3日に餅を詰まらせて救急搬送された人は、東京消防庁管内で、合計17人でした。年代別には、60代1人、70代7人、80代7人、90代以上2人です。救急隊により病院に搬送されたとき、医師がつけた傷病程度は、死亡1人、重篤7人、重症2人、中等症2人、軽症5人です(速報値)。また、2015~19年の5年間には、餅や団子などによる窒息事故で463人が救急搬送され、1月が最も多い合計177人でした。
口に入れた直後の餅は、やわらかく、よく伸びて付着しにくいのですが、その後温度がやや下がることで硬くなり付着性が増加し、咽頭(いんとう)・喉頭(こうとう)部に張りつきやすくなると指摘されています。
消費者庁の注意喚起のチラシには、72歳女性の気道から摘出された餅の写真が掲載されており、そのサイズは何と5.5センチ。切り餅1切れが丸ごと詰まったのでしょうか。さぞ苦しかったのではないでしょうか。
訪問診療などに携わり在宅での看取りに取り組んでいる西田伸一医師は、「餅を詰まらせての窒息死は苦しいと思います」と、施設での窒息事故の経験をこう話します。
「以前、食べるスピードの速い患者さんが肉を詰まらせ呼吸困難になり、チアノーゼで顔色がみるみる悪くなりました。周囲に私や看護師がいたので、すぐに吸引器で詰まった食べ物を吸引しました。幸い元の状態に戻りましたが、近くに人がいない状況であれば、どうなっていたか……」
西田医師によると、気管に入った食べ物が小さければ、気管の隙間を空気が通り、少しは呼吸できるとのことです。しかし、餅が大きく気管を完全に塞いでしまうと、まったく呼吸できなくなり、脳に酸素が供給されなくなります。酸素不足の程度や持続時間によっては、脳のダメージが大きくなります。
「救命されても、蘇生後脳症で寝たきりになることもあります。胃ろうをつくり経管で栄養を補給すれば、生き続けることは可能です。場合によっては気管切開して呼吸を助ける措置が必要になるかもしれません。目は開いていても意思疎通できない状態になるかもしれないし、まったく意識がなく眠り続ける状態になるかもしれません」
西田医師の実感では、後期高齢者にはピンピンコロリを望む傾向がありそうといいます。
「戦中に育った人にとって死は身近なものであり、老後に衰弱や病気によって長期間要介護状態になるという感覚はあまりなかったのではないでしょうか。元気な人との突然のお別れは、今より多かったことでしょう。しかし現在、突然の死といえば、事故死や心臓発作や脳卒中などによるものであり、餅による窒息死は事故死です。いくらピンピンコロリを望んでいても、餅による窒息死は、誰も望まないでしょう」
西田医師は、残された家族についてもこう話します。
「目の前で、突然、ウッと手を首のあたりに当て、苦しそうな表情で亡くなってしまったら、残された人はつらいでしょう。食べさせなければよかった、助けられなかった、もっと話をしておけばよかったなど自分を責め続けることも考えられます。親戚に責められることもあるかもしれません。介護施設などで餅を詰まらせれば、事故の扱いになり、責任問題にも発展するでしょう」
ピンピンコロリを望む親には、「餅を詰まらせて窒息死するのは、とても苦しくて、ピンピンコロリとは言えない」と伝えておかないと、家族は後悔しそうです。
(文/山本七枝子)
【教えてくれた人】
西田伸一医師。東京都調布市の在宅療養支援診療所、西田医院院長。東京都医師会理事。