死者約32万人、経済被害220兆円――。南海トラフ地震のあまりに甚大な被害想定を見せられると、言葉も出ない。でも立ち止まって考えたい。その数字にどこまで根拠があるのかと。
3連動地震とされた南海トラフ地震は、2003年の国の被害想定(M8.8)では、死者2万5千人とされていた。ところが、東日本大震災後の11年12月、別の有識者会議が、「世界の海溝型巨大地震の震源域の解析結果など、科学的知見を加えた」として、想定の震源域を一気に2倍程度に広げた。その結果、死者の数などの被害想定が大幅に修正される格好になった。
だが、今回の被害想定をめぐって有識者会議内ではひと悶着あった。そう内部事情を明かすのはメンバーの一人だ。
「最終的にはメンバー全員のコンセンサスを得られましたが、地震に伴う日本企業の株価の暴落は考慮されていないなど、むしろ想定は過小ではないかとの声もありました」
関西学院大学災害復興制度研究所の室崎益輝所長は、あらゆる可能性を考慮することで、「被害想定のインフレ」の状況が続いているとし、こう話す。
「それでも、これまでのトーンと比べると、だいぶ被害を抑えこんだのではないでしょうか」
上下水道は1カ月後にほぼ復旧、電力も1カ月後には9割回復、とライフラインについては深刻視していないのに対し、津波の死者については、自宅や職場、自動車や列車の逃げ遅れを多く考慮するなど、厳しめに見ている。経済被害については、ある程度妥当な数字だという。室崎氏はこう評価する。
「精密さと粗雑さが混在している『精粗な想定』との印象を受けます」
京都大学防災研究所の所長だった今本博健氏はこう見る。
「積算根拠が不明です。特に建築物は厳密に判定するには、設計図を見ないと分からないはず。そんな余裕はないし、企業が、所有する工場やコンビナートの詳細な設計図を被害想定のために渡すとは思えない」
※AERA 2013年4月1日号