コロンビア大学在学中に知り合った仲間と結成したバンド「ヴァンパイア・ウィークエンド」のメンバーだった頃からソロとしても活動。バンド脱退後の2017年に初のソロアルバム「Half-Light」をリリースした。その傍ら、プロデューサー、ゲストプレーヤーとしても活躍しており、ソランジュ、フランク・オーシャン、カーリー・レイ・ジェプセン、ハイムといった人気アーティストの作品にも参加している。実兄のザル・バトマングリはサンダンス映画祭にも出品された「ザ・イースト」(2013年)などの作品の監督だ。ロスタムは兄が制作した作品の音楽も数多く手がけている。

 そんなロスタムがアマンダの詩に即興で曲をつけた「The Hill We Climb - Piano Improvisation in G Major」。朗読場面に自らのピアノ演奏風景を重ねたYouTubeで聴けるその曲は、いたってシンプルだ。クラシック音楽、現代音楽、ヒップホップ、R&B、インドやアフリカ、中南米などの音楽に精通している音楽家だが、ここではピアノのみずみずしいフレーズと間合いを生かした演奏がアマンダの朗読と言葉に静かに寄り添っている。フィリップ・グラスや坂本龍一あたりともつながるような、その場の情景、風景を想起させる含みを持たせたピアノの音色が、アマンダの切れ味ある語り口の中で、しっとりと余韻を残すのが特徴だ。

 「彼女の詩に深く感動し、スタジオに行って、スピーチを聴き返しながら、ピアノで三つのテイクを即興で作った」とロスタム。現在公開されているのはその三つのテイクの一つ「ト長調」のバージョン。残念ながら音源化はされておらず、動画でしか聴けないが、もしかするとこれから残りのテイクも公開されるのだろうか。

 大統領就任式で「奴隷の子孫でシングルマザーに育てられた」(当日の「The Hill We Climb」より)とアマンダが堂々と過去と未来にエールを送ったことには大きな意味がある。ロスタム自身はゲイであることをカミングアウトしている。マイノリティーであるからこそ、アマンダが滑舌良く響かせた「たとえ威圧されても/私たちは後ろを向かない/妨げられない」「この国のありとあらゆる片隅で/多様で美しい私たちは/痛めつけられても美しく浮上する」といったフレーズに感動したのかもしれない。
(文/岡村詩野)
 ※AERAオンライン限定記事

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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