病気や不妊などさまざまな理由で提供精子・卵子での妊娠・出産をする人たちがいる。ただ、国内でそれを選択しようとすると「子どもの出自を知る権利」が守られない、という壁がある。AERA 2021年2月8日号で取材した。
* * *
都内のベンチャー企業に勤める松村ゆうさん(35)は、約2年前、夫が無精子症だとわかった。そろそろ子どもをもちたいと考えたが、近所の不妊治療クリニックで「精子がない」と告げられた。夫は精巣から直接精子を取り出すTESEと呼ばれる手術を2度受けたが結果は変わらなかった。それでも子どもはほしいと思い、調べたところAIDという方法があると知った。
AIDとは匿名の第三者の提供精子を用いた人工授精のことだ。日本では長い間、無精子症の夫婦が子どもをもてる方法は養子縁組のほかはAIDだけだった。日本産科婦人科学会(日産婦)に登録するいくつかの病院でのみ受けられる治療法だ。国内では1948年に慶応義塾大学病院で初めて実施された。
だが、松村さんはAIDを選択しようとは思わなかった。大きな理由は、生まれてくる子どもの出自を知る権利が守られないからだ。
日産婦は、プライバシー保護の観点から精子ドナー(提供者)を匿名とする見解を出しているため、AIDで生まれた人たちは遺伝上の親についてほとんど情報を得られない。これまで多くの親はAIDの事実を子どもに隠してきたため、大人になってから偶然事実を知り、心に深い傷を負う人が少なからず存在することも最近では知られてきた。
■ルーツ確保は親の責任
「子どもの出自を知る権利を守りたかったので、AIDは選べませんでした。将来、子どもが自身のルーツにアクセス可能な環境を確保しておくことが、親としての責任だと思います」
松村さんはそう話す。AIDは制約尽くしだと語る。
「顕微授精ができず、妊娠率が低い人工授精しか選択できないのも難点。病院の数もドナーも少ないから長く待つことになるし、2人目を産むときに同じドナーを選ぶこともできない。前向きには考えられませんでした」