『麒麟がくる オリジナル・サウンドトラック The Best』のジャケット(写真提供:ソニー・ミュージック)
『麒麟がくる オリジナル・サウンドトラック The Best』のジャケット(写真提供:ソニー・ミュージック)
ジョン・グラム氏(写真提供:Teddix)
ジョン・グラム氏(写真提供:Teddix)

2月7日に最終回を迎えたNHK大河ドラマ『麒麟がくる』。昨夏にはコロナによる長期中断もあったが、本能寺の変を扱った最終回の平均視聴率も18・4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と有終の美を飾った。明智光秀役の長谷川博己、織田信長役の染谷将太ら主要キャストの好演も年間を通じて高く評価された。

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 そんな作品の世界をより一層重厚に彩ったのが、劇中で流れるオリジナルの音楽だ。手がけたのはアメリカ出身の作曲家、ジョン・グラム。4Kフルで撮影された美しく立体的な映像に寄り添うように、様々な場面に応じて見事に音で描いてみせたその手腕はベテランならではと言っていい。特に、日本の雅やかな情緒を反映させた音階と、戦国時代を想起させるダイナミックな演奏が味わえるメインテーマは、海外クリエーターによる曲とは思えないと放送開始時から評判だった。

 ジョン・グラムが手がけた『麒麟がくる オリジナル・サウンドトラック The Best』が、まもなくリリースされる。

 ジョン・グラムはバージニア州シャーロッツビル出身。幼少期にイギリスのサリーにあるチャーターハウス・スクール(寄宿学校)で歌とオーケストラの作曲を学びはじめ、伝統的なオーケストラ音楽を勉強したという。卒業後は、ウィリアムズ大学、スタンフォード大学、UCLAで映画音楽を学び、ワーナー・ブラザーズの専属オーケストレーターとして数多くのハリウッド映画音楽の編曲とオーケストレーションを担当。若い頃から映画音楽の世界を集中して学び、そのノウハウを徹底的にたたき込まれたことで、ジョンのキャリアは層の厚いものになっていく。

 今やハリウッド・サウンドには欠かせないベテランながら、手がける作品の幅は広く多岐にわたる。作曲家デビューは1993年のリック・ジェイコブソン監督の映画『フルコンタクト』だが、アニメ、ゲーム音楽、テレビ音楽など世代やフィールドを選ばず携わってきたのが特徴だ。代表作とされるのも、フルCD長編作『ファイナルファンタジーXV:Kingsglaive』や、ワーナー・ブラザーズによるルーニー・テューンズのスピンオフ・アニメーション『シルベスター&トゥイーティー ミステリー』といった大衆作品だ。また、『アバター』『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』などの予告編音楽も多く制作。コンポーザーとして大御所然とすることなく、依頼作品のために持ちうる才能とスキルをもって尽力する根っからの“音楽制作職人”だ。

 日本の作品も多く手がけているジョンだからこそ、戦国時代を舞台とする『麒麟がくる』の繊細かつ厳かな音楽を描けたのかもしれない。昔の時代劇を思わせる冒頭の古風なクレジットタイトルとフィットしたメインテーマでは、広上淳一指揮・NHK交響楽団によるオーケストラに加え、林英哲による和太鼓を大々的にフィーチャー。馬にまたがり攻めていく光景を連想させる「ダダッ、ダダッ、ダダッ」というフレーズが、見る者をジワジワと鼓舞する。オーケストレーションと日本の伝統楽器とのコンビネーションも見事なジョンの代表曲となり得るものだ。

 他方、名器・平蜘蛛とのエピソードで最期が描かれた松永久秀のテーマ曲とも言える「久秀」は、サックスなどのホーンが激しくいななくジャズ・ロック調のナンバー。大学時代にはバンド活動もしていたというジョンの豊かな経験が生かされたエモーショナルな仕上がりになっている。また、前半の準主役とも言える斎藤道三の多面的な魅力を伝える「道三~裏の顔~」は、美しいストリングスの細やかな調べが野性の中に秘められた知性を浮かび上がらせる。今回リリースされる『麒麟がくる オリジナル・サウンドトラック The Best』には「久秀」「道三~裏の顔~」は収録されていないが(『麒麟がくる オリジナル・サウンドトラック Vol.1』に収録)、代わりに、攻め入る前の静けさを丁寧に表現した「本能寺 II」や、ドラマ本編終了後に流れる「麒麟紀行」で流れる曲(堀澤麻衣子、ジェイク・シマブクロ、川井郁子をフィーチャー)も4種類まとめて収録。フィナーレにふさわしい1枚となっている。これまでに発表されている3種類のサントラ盤を含め、全て長谷川博己演じる明智光秀がジャケットに登場しているが、それぞれにアートワークが異なるのも注目だ。

ジョン・グラムは自らのホームページで、サントラ完全盤についてのメッセージでこう述べている。少し長いがそのまま引用したい。

 「日本の歴史に関する書籍をたくさん読みました — 歴史的に検証された資料、光秀、信長、秀吉、家康の多くの逸話や奇談、戦国時代を題材とし興味深いゲームもプレイしました。ウェブを巡り、戦国時代の芸術、陶器、着物、武器なども観賞しました。美濃、尾張、三河、越前、摂津など、様々な場所もバーチャルで旅をしました。「葉隠」を読み、戦国時代から100年経った時代の武士道の考え方も勉強しました。

しかし、作曲の際は、主観的且つ心の底に存在する感情に対してアプローチを行いました。台本で描かれる物語、想像される映像に対する自分の反応を傾聴し、物語で起こる失望、貧困、裏切り、友人や近い親族の死のシーンが、私の個人的な体験と重ねないように細心の注意を払いました。私が強調することを試みたのは、物語で描かれた老若男女、大名から農民まで全ての人々です。それが私の音楽の源でした」

 劇中音楽はブルガリア、ナッシュビル、ロサンゼルスでレコーディング。また、今回の『~The Best』は、大河サントラ史上初のSA-CDマルチ・ハイブリッド盤でのリリースとなり、通常のCD層に加え、SA-CD層には4K放送用に制作された5.1chのサラウンド音源も収録されている。ジョン・グラムがこれまで重ねてきたハリウッドでの仕事のダイナミズムを体感できる、これまでになくスペクタクルな「音で聴く大河ドラマ」と言っていいだろう。
(文/岡村詩野)
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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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