記者B この現象の背景は、新しい教育の中にもあると思うんだよ。高等学校あたりの男女共学というものね、これによって女の子が優越意識を持ち、男の子が劣等意識を持たされてきた。(中略)
記者C あのころにぼくが神田駅でキップ買おうとしたら、前の客が「ラクチョウ一枚ッ。早いとこ頼むぜッ」て言ってるんだ。「はあ」ってやさしく答えているのが、大の男の駅員で、イッチョウたのむ方が女の子さ。(笑)>
この座談会ではほかに「投書夫人」「ボディ・ビル」「うたごえ」「マンガ・ブーム」などについて語っていた。しかし、現在では時代を象徴したはずの「M+W」も「投書夫人」も「うたごえ」も使われなくなってしまった。
流行語は次々と誕生する一方、次々と死語化していく。トレンド評論家で、「おひとりさま」「年の差婚」などの流行語を広めた牛窪恵さんは、たとえ今は使われなくなったとしても、時代の流れを知るためには流行語は有効だという。
「たとえば、『お料理学校』(59年10月18日号)。ずっと昔からある言葉だと思っていて、テレビの料理番組が発端とは知らなかった。でもそうした流れを知ると、普及し始めたテレビの影響力を感じられる」
68年生まれの牛窪さんが記憶に残る流行語はバブル期以降の「三高」「アッシー、メッシー」「勝ち組」といった言葉だという。いずれも今では時代遅れになった言葉だ。
「でもこれらの言葉はその時代をとてもよく表している。講演で世代論を話す際には、どんな経済用語よりも流行語のほうがウケがよくて、当時を想起してもらえる。よく、音や匂いの感覚が思い出と結びつくと言われますが、流行語も耳にした瞬間、時代を思い出す。思い出を共有する役割があるのだと思います」
そんな牛窪さんが、本誌が報じた新語・流行語のなかで最もビックリしたというのが「結婚相談所」(46年12月15日号)。世相を言葉で報じる小さな記事中に、東京都杉並区の男性が「珍商売」を始めたという内容のベタ記事だった。しかし、この商売が大当たり。48年12月5日号では、結婚相談所が盛況で全国に58社がしのぎを削ると書かれていた。