遠藤さんは、ボランティアにも報道陣にも被災経験を話す。思い返すのは身を切るようにつらいが、信念がある。

「人は災害に勝てないけれど、逃げることはできる。子を守るのは親。誰にも同じ思いはしてほしくありません」

 そんな遠藤さんを見て、語り始めた人がいる。渡辺雄大さん(20)は侃太くんの同級生。16年3月、初めて遠藤さんに会った。地蔵を見たとき、侃太くんに話しかけられた気がした。

「自分も伝えたいと思った。侃太にも『忘れるなよ』って言われた気がして」

 渡辺さんは母、祖母と避難中に津波に襲われた。通りかかった男性が彼を背負い、母と祖母を陸橋に誘導して助かった。中学時代、頼まれて体験を話すことはあったが、義務感に近かった。

「震災にあった、友達が亡くなったという実感すらない中で、ただ事実を話していた。でも、この日を境に『伝えたい』と思うようになりました」

 高校最後の年には東京のイベントにも登壇した。いま、大学2年生。地元の伝承組織にも加わって体験を語る。

「避難した後は自衛隊や支援団体などいろんな人に助けてもらえるけれど、そこにたどり着くまで命を守れるのは自分だけです。だから、逃げてほしい。それが僕の願いです」(渡辺さん)

■「避難スイッチ」を決めて情報と行動を結びつける

 逃げて、自分と大切な人を守ってほしい。そんな被災者たちの思いを、実践につなげる試みも広がる。

 避難行動を起こすカギとして注目されるのが、「避難スイッチ」だ。

 昨年10月31日、鳥取県南東部の若桜(わかさ)町で、命を守る「避難スイッチ」を住民自ら考える企画が催された。約20人が参加して河川や急斜面などを巡り、避難のタイミングや避難場所を考えた。

 避難スイッチを提唱する京都大学防災研究所の矢守克也教授(防災心理学)は、避難スイッチは「情報と行動とを紐づけるもの」と説明する。

「災害時、行政は細かな災害情報を提供しますが、それでも逃げ遅れて亡くなる人がいます。原因は情報そのものではなく、情報と行動の橋渡しがうまくいっていないから。橋渡しのためのキーワードが『避難スイッチ』です」

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