これらのエピソードは、ともすると彼を猜疑心が強いだけの男に見せるが、伊黒の厳しい言動は、仲間たちを数々の窮地から救う。「柱」の一員になじもうとしない冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)への叱咤も、柱同士の連携のためには必要だった。「負けることは許されない 俺たちを庇った仲間たちの命を 無駄にすることは決して許されない…」という伊黒の意思の強固さは、実際に、最終決戦で大きな戦果を生み出した。
伊黒が、自らを「蛇柱」としたのには、自分が「蛇と縁深い一族」だという自嘲気味な思いがあったことは否定できない。しかし、彼はそう思った上で、「汚れた蛇身」を持つままに、そのわが身を賭して、「自分の罪」をあがなおうとしていた。
<無惨を倒して死にたい どうかそれで 俺の汚い血が浄化されるよう 願う>(伊黒小芭内/22巻・第188話「悲痛な恋情」)
彼自身が「自分の血」をどんなに呪おうとも、彼は強く、優しく、清廉な「蛇柱」だった。彼によって、多くの命が救われた。
伊黒は最後の戦闘で傷つき、目を開くことすらできなくなってしまったが、彼のそばには、友と愛した人が寄り添っていた。伊黒小芭内には走馬灯は必要ない。彼の目には、大切な友・鏑丸と、愛する甘露寺蜜璃の姿がずっと映っていたのだから。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。