<俺は生まれた時からずっと 座敷牢に入っていた><座敷牢は夜になると 何か巨大なものが 這い回る 不気味な音がする>(伊黒小芭内/22巻・第188話「悲痛な恋情」)
伊黒を監禁していたのは「下肢が蛇のような女の鬼」で、伊黒の一族は、この「蛇型の鬼」が人を殺した際に、その場に残された金品を強奪することで生計を立てていた。それは単に「生きていくため」ではなく、豪華な生活をしていくためだった。
金品の見返りとして、伊黒一族は、生まれてきた赤ん坊のほとんどを、この「蛇型の鬼」の餌にする。つまり、伊黒一族は「鬼の手先の強盗」か「蛇の餌」のどちらかなのだ。伊黒一族は女が多く生まれる「女系」家族で、男子誕生は370年ぶりと喜ばれた。そして、伊黒が成長して「食べごろ」になった時、生き餌として、鬼に差し出される予定だったのだ。
■「走馬灯」すら見ることができない伊黒
<俺の母や姉妹 叔母たちは皆 猫撫で声で 気色が悪い程 親切で>(伊黒小芭内/22巻・第188話「悲痛な恋情」)
この一文から、伊黒を「蛇の生き餌」として育てていた人物には、伊黒の母も含まれていたことがわかる。わが子を殺すことに胸が痛まず、自分たちが豊かに生きることにしか関心のない親族たち。誰も伊黒の心を思いやろうともせず、伊黒は孤独に育った。
そんな伊黒を、鬼に食われる寸前で救ったのは、炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)の父である槇寿郎(しんじゅろう)だった。しかし、伊黒が座敷牢を抜け出したことに腹を立てた「蛇型の鬼」は、彼の親族50人の女を惨殺し、生き残ったのは少女1人だけだった。
『鬼滅の刃』の登場人物たちは、死のふちに立たされた時に、過去の思い出を「走馬灯」として見ることが多い。しかし、どんな激戦の中でも、どんな苦痛の中でも、伊黒は走馬灯すら見ることができない。彼の幼少期には、幸せな思い出などひとつもないのだから。かわりに彼がくり返し見るのは、自分を殺そうとした親族、そして自分のせいで死んだ母や姉妹たちの姿だった。