かつて筆者にそんな話をしてくれたジュウ。タイと日本、そして世界の架け橋となっているラッパーとして、今度は「JUU4E(ジュウフォーイー)」という名義でニュー・アルバム『馬鹿世界』をリリースする。

 「JUU4E」はジュウと彼の友だちによる新たなユニット。ジュウに言わせると、「4E」とは自然と私たち自身の関係をつなぐ意味を持っているという。人間社会を豊かにする主要な4要素「地球」「水」「風」「火」への敬意が転じて「世界のために(For Earth)」。そこからユニット名である「4E」と名付けたそうだ。ロック、ヒップホップ、R&B、そして伝統音楽であるルークトゥンやタイ歌謡曲などの要素を大胆に交錯させつつも、生命の尊さ、自然の大切さにも向き合う、そのヒューマンな姿勢に感動を覚える。

 加えて、今度のアルバムは、以前からジュウの作品の一部として影響が見られたタイの民謡の要素が強く現れている。これは日本のミュージシャンや、彼の作品を日本でリリースしている大阪の「エム・レコード」のスタッフといったジュウの信頼する仲間たちとの交流の中からこの作品が生まれていったのだそうだ。結果、もともとヒップホップというスタイルに限定しないハイブリッドな音楽を追求していたジュウらしさは残しつつ、より自分たちのルーツを見直すような作風が増えている印象がある。

 自分たちのルーツ……それはアジアの一員という強い自覚だ。ジュウは決して商業主義や資本主義に絡め取られるような活動はしていない。ヒップホップへの共感も、それがストリートから発信された汚れなき庶民のカルチャーであるという意識が強いからだろう。さらには、タイという国、アジアという地域の持っているある種のイノセンスや無垢なエネルギーを信じているからに他ならない。マレーシア音楽の影響を受けたタイ南部の舞踊芸能であるロン・ゲンから、ジュウらが幼い頃から慣れ親しんできたというテレサ・テンの曲も引用している。タイ語、日本語、英語が入り混ざったリリック(歌詞)もユニーク。プロデュースはジュウ自身だ。
 
 「私たちが住んでいる世界はクレージーだ。でも、それ以上に狂っているのはそこに住んでいる地球上の人びとだと思う」

 そうアイロニカルに話すジュウは、タイから発信され、日本や他のアジア各国の音楽文化を吸収したこの作品で、地球を破滅にも追いやらんとする愚かな人類たちを嘲笑しているかのよう。だが、一方で、ピュアな熱気を持ったアジアに生きる一人の人間として、躍動的でエネルギッシュな音楽を邪気なく楽しむ姿もここに刻んでいるのではないだろうか。
(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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