作家・室井佑月氏は、ワクチン接種が開催の条件としていた東京五輪が変貌してきていることを指摘する。
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東京五輪まで4カ月を切った。聖火リレーもはじまった。コロナ禍はまだつづいているけれど。緊急事態宣言が明けて、じわっとまた感染者が増えだしているけれど。
この原稿を書いているのは、3月26日。巷はまだそんなに東京五輪で盛り上がっているとはいえないが、これからメディアは勢力を結集し、日本中をお祭りムード一色に染め上げていくに違いない。
という話をまわりにすると、「日本人はそんなにバカじゃないよ」。そういってくる人もいるが、そうだろうか?
「ラグビー? ルールも知らない。森(喜朗)さん、自分が昔やってたからって、こんなにお金かけてW杯招致しちゃってよかったのかね」
などといっていた人たちも、いざラグビーW杯がはじまり、テレビがこぞって毎日取り上げると、にわかラグビーファンになってしまって驚いた。なので、メディアが本気を出したら、日本国中東京五輪で熱くなるのかもしれない。メディアの本気度は、ラグビーW杯のそれより大きいだろう。
願わくば、選挙などでも投票率を上げるべく、本気を見せてもらいたいものであるが、あたしが今回いいたいのはそのことではない。
政府はあれほど、「ワクチンがあるから東京五輪は安全だ」といっていたのに、今は「ワクチンがなくても安全だ」になっている。ワクチンがみんなに渡るのは、間に合わなくなったからだ。
とても不誠実な態度だと思うけれど、このことについてメディアは時間を割いて報じない。スポンサーになったりしているからか。こちらも不誠実である。
海外からお客を入れないと決めたけど、スポンサー関連の招待客は入れるようである。もう誰のための東京五輪であるのかわからなくなってきた。
政府は東京五輪を開催するために、あたしたちに多少の危険はのめ、といっているわけである。コロナでお亡くなりになってしまった人や後遺症に苦しむ人がいるのにだ。
そして、3月24日に配信された朝日新聞DIGITALの「『聖火リレー引き続き協議』組織委、島根の要求に回答」によると、聖火リレーにかかる7200万円の費用は県民のコロナ対策などに使いたいと申し出た島根県知事に対し、大会組織委員会は「回答期限に関わらず、引き続き協議をしていく」。そうメールで回答したんだとか。それは、島根県知事の中止したい理由に対するまともな答えとはいえない。そして、押し通すことになった。
コロナの不安は心の底に押しこんで、東京五輪開催をワクワクしながら喜ぶことが、もう国民の義務みたいになってきたな。
室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中
※週刊朝日 2021年4月16日号