「策士策におぼれる」。このことわざがぴったりと当てはまりそうだ。東芝の車谷暢昭社長が14日、退任に追い込まれた。策士としてのルーツを探ると……。 AERA 2021年4月26日号で掲載された記事を紹介。
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東京・赤坂。高橋是清が2.26事件の凶弾に倒れた屋敷跡のそばに、その瀟洒なマンションはある。4月6日夜、通信社に勤めるスナイパーは、そこに住む紳士の帰りを待っていた。
車谷暢昭(63)。東芝社長兼最高経営責任者(CEO)である。
彼が帰宅した瞬間、彼女は狙い澄ました一撃を放った。
「CVCが買収提案をしたそうですが」
翌日は東芝の取締役会が予定されていた。英国の買収ファンドCVCキャピタル・パートナーズは6日、東芝を買収して非公開化したいと提案し、東芝の社内は大騒ぎになった。彼女はその極秘情報をつかみ、車谷にぶつけたのだ。
「知らないよ」
車谷は質問を一蹴して、玄関扉の向こうに消えた。
7日の朝刊。日本経済新聞が1面で堂々と放った。
「東芝に買収提案へ 2兆円超で非公開化 英ファンド」
してやられた。彼女と同僚たちが地団太を踏んだのは言うまでもない。「最初から日経に書かせるつもりなんだよ」。彼女の同僚はそう見ている。
車谷は三井住友銀行副頭取を離れた後、1年ほど英国系ファンドCVCの日本法人の会長を務めた。東芝に移ったあと、今度はエフィッシモなどのアクティビスト・ファンド(物言う株主)から突き上げられる立場に回る。その点、買収提案してくれた古巣のCVCは、車谷にとってのホワイトナイトである。
東芝株を全て取得して、うるさいファンドを追い払えば、一番得をするのは彼だからだ。CVCは提案書で「現在の経営陣と一緒に進めたい」とも言ってくれた。「外様」の彼が東芝社内の地位を強化できるだろう。
■リークで「相場形成」
車谷はリークを得意とする。
親密な記者にひそかに情報を提供し、大きく書かせることで「報道の相場形成」を図る。匿名の情報源という安全地帯にいて、果実を享受することができる。とりわけ彼が近年、贔屓にしてきたのが、経済界に影響力のある日経だった。
しかし、そんな「自作自演」は見え見えだったのかもしれない。東芝の永山治取締役会議長は14日の記者会見で、CVCの提案は「内容が乏しく」「唐突であり」「現時点では評価することは不可能」と酷評した。
車谷は会見前の取締役会で退任が決まった。本人は自主的な辞任と強弁するが、信用を失い、実際には解任に追い込まれたといえるだろう。後任は、前社長で生え抜きの綱川智会長が再登板することになった。