と、宮地はふり返る。多くの読者は、「それは行政の仕事だろう」と思うかもしれない。しかし自尊心の強い医者の世界は独特だ。医師資格を持たない行政担当者が病床確保を依頼しても実質が伴いにくい。医師は医師の話なら耳を傾ける。しかも各々の病院は院長を頂点にヒエラルキーが決まっている。一筋縄にはいかない集団なのである。
■コロナ患者を受け入れ 誹謗中傷が寄せられる
病院間の情報共有は一貫した課題だった。東西に長い静岡県は、伊豆半島や富士市域の「東部」と静岡市中心の「中部」、中東遠のある掛川市や浜松市などの「西部」の圏域ごとに医療は完結している。圏域外から突然、患者が送られてくると、院内に不満がたまる。中東遠の経営管理部長・石野敏也(56)は「入院準備に日数が必要なので事前に情報がほしい。行政は個別情報を開示しませんので、院長は果敢に行動しました」と述べる。
12月17日、第1回の病院長会議が開かれた。会議には全院長が顔をそろえ、行政担当者、感染症医らも加わる。その場で、重症用のICU(集中治療室)8床の上積みが決まった。以後、2週間おきに病院長会議は開催されていく。
年末から年始にかけて、爆発的に感染が拡大した。第3波の到来だ。静岡県でも600人近くの患者が入院先や療養先が決まらず、自宅待機を強いられる。病院長会議も力及ばず、首都圏同様の医療崩壊が起きるのか、と危ぶまれたが、予想外の反応が現れる。それまでコロナを診ていなかった大病院が門戸を開いたのだ。宮地は語る。
「大きな病院でもコロナに消極的な院長がいました。だけど、入院患者の情報を開示し合い、自院の立ち位置がわかり、拒みにくくなった。周囲が必死に感染症と闘っているのに、どんな理由があれ、距離を置くのは後ろめたい。心理的な綾(あや)でしょう。その後、かえって積極的に診てくれて、圏域を越えた長距離搬送はほとんどなくなりました。集団感染が起きても圏域内で補い合えています」