作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、いま起きている人権侵害について。
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テレビをつけたら壇蜜さんが「生きることを無理やり諦めさせられているような、その判断を人にさせるというのは、今の時代にあっていいのかと思いました」と深刻な顔でコメントしていた。とっさにいろんな人の顔が浮かんだ。
番組は、中国政府に拘束されているウイグル人についてのものだった。収容所に拘束されているウイグルの人々は手錠をかけられ、暴力を振るわれているという。何よりいったんとらわれてしまえば生死すら誰も分からない。残酷な人権侵害に立ち向かう人々の姿も描かれており、NHKの番組はそれを「世界で起きていること」「外国で起きていること」と報じていた。それでも、私はそれが「新疆ウイグル自治区で起きていること」と分かるのに、少し時間がかかった。たぶん、「生きることを無理やり諦めさせられている」という壇蜜さんの、耳に残る溶けるような声によって、なんだかいろんなものを引き出されてしまったために、日本の話に聞こえていたのだと思う。
原発事故で、生まれ育った故郷を奪われた女友だちの顔が浮かんだ。小さなプレハブの仮設住宅に4年間暮らした後に一軒家を与えられた。そのころには夫との仲が完全に壊れ、体調を崩すようになり、そして恐れていた重いうつ病を発症し、誰とも会わなくなり、今は認知症が進行してしまい施設に暮らしている。
学校の先生だった。はつらつと大きな声で、原発の後も被災者のコミュニティーをつくったり、高齢女性たちのために編み物などの手仕事を生みだしたりするなど忙しくしていた。安倍政権に強い怒りを持っていて、同じように苦しむ仲間たちと政治活動もしていたけれど、ある日、ポキッと、折れた。何をやっても無駄、声をあげても無駄、もう無駄、という絶望に諦めを強いられたのだ。
先日、銀座のレストランで、中国人男性が接客してくれた。以前は中国人客でにぎわっていた店だ。彼に、「早く、中国人のお客さんに戻ってきてほしいですね」と声をかけると「もう、戻らないです」と顔色を変えずに言った。驚いて黙ると、「中国人、みんな日本を信頼していました。日本の食品はおいしくて安全。でももう、汚染水流れたら、来ないです。コロナより怖いです」と言うのだった。