そう、残酷なのは、終わりが見えないことだ。スリランカの女性のように、望まずともビザが失効してしまう人もいる。ビザが失効すれば不法滞在者として逮捕され、その後、強制送還される日まで収容されてしまう。また自国に戻れば命の危険がある人々が難民申請をしても、これが通ることは1%あるかないかで、多くの人は、何の未来もないまま長期にわたって収容され続けるのだ。
漫画に描かれている残酷を、私は自分の体験として理解できることが多かった。私は、他人の事件に巻き込まれ、2014年に「わいせつ物陳列罪」で逮捕され、留置場で3日間を過ごした。驚いたことに、私が入った東京湾岸署に拘束されていた女性の8割は外国人だった。それは、私が日常で暮らしていた世界では絶対に見えない世界だった。彼女たちの多くは中国人だった。一人の中国人はクリーニング店で働いていて、ある日、スーパーから出てきたところを巡回の警察官と目が合ってしまって思わず逃げたらこうなった……などと笑いながら話してはくれていたが、「これからどうなるのか」という不安のためか、夜になると泣いた。私がそこに入ったとき、既に彼女は10日ほど収容されていたけれど、この次に何が自分の身に起きるのか全く説明も受けておらず分からないのだと言っていた。それでも彼女はまだましなほうだと思った。日本語が分かるからだ。
多くの外国人女性たちは日本語をほとんど話せなかった。それでも職員の中に日本語以外で彼女たちに語りかける人は見事に一人もいなかった。一度、私の目の前で過呼吸になったタイ人の女性がいた。これから先があまりにも見えずに不安だったのだろう。私も不安だったが、壁に書かれている文字や職員のあいさつから、ここがどこで何が起きているのかという情報を得ることで、何とか平静でいられた。腰縄をつけられたまま過呼吸になる女性に声をかけると、激しい怒鳴り声で私は叱責された。「ほっておけ!」というものだった。その声の意味は分からなくても、彼女には十分伝わったと思う。彼女は気を失うように目をむいて静かになった。諦めたのだ。
留置場は、刑務所や拘置所よりも過酷だという。私物を持つことはほぼ許されず、常駐の医師もおらず、そして何より職員の威張り方が半端ない。例えば私が食事の時に「お茶をもう一杯ください」と職員に頼んだときも「一杯だけだ!」と怒鳴られたものだ。そういうルールがあるらしいが、だったら先に言えよ、と思う。全てのルールは、その都度、怒鳴ることで体に染みこませてやるよ、というものなのだった。そして何より怖いことは、そういう場でありながら、職員の多くがどこか半笑いであることだった。「法を犯したヤツラ」(言っておくが、この時点では、誰も何の罪も確定していない)に対し、虐待を行うことに何の躊躇もなく、むしろ楽しんでいるようにも見えた。権力と支配のお遊びのように。