タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
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「当事者研究」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。20年前に誕生した、まだ新しい研究です。精神障害の領域から始まり、現在では依存症、発達障害などにも広がっています。当事者研究の専門家で小児科医・東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎さんは、著書『当事者研究~等身大の<わたし>の発見と回復』の中で、以下のように説明しています。「当事者研究は、自分と似た仲間との共同研究を通じて(中略)世界にたった一人の自分の<個性>を探究し、その知識を踏まえて世界をより住みよいものに変えていこうとする取り組みに他ならない」
障害のない人も経験があるのではないでしょうか。自分の困りごとやつらい経験を、同じような経験のある人たちに相談する。自分だけではないと安心し、いろんな知恵をもらう。同時に、自分に固有の経緯や背景にも気付く。情報を集め、人と話して苦労を乗り越えようとするのは、誰もがやっている<当事者研究>です。その結果、今いる環境が合わないんだなと気づいて仕事や人間関係を変えた人もいるでしょう。この、本人の特徴と周囲の環境の相性の悪さが生きづらさを生んでいるという視点で障害を考えるのが「障害の社会モデル」です。
自閉スペクトラム症当事者で、東大先端研で発達障害の当事者研究を行っている綾屋紗月さんは、その“周囲の環境”の研究が必要だと指摘します。社会の多数派の人たちの特徴を知ることが、障害を持つ人を排除する社会を変えるためには欠かせないという視点です。障害のない「普通の人」はぜひ、綾屋さんの編著『ソーシャル・マジョリティ研究』を読んでみて下さい。自分が「普通」に行っている世界の見方、感じ方の仕組みを知り、発達障害のある人との違いをよく知ることができます。それが、誰もが生きやすい社会づくりの第一歩です。
小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中
※AERA 2021年5月24日号