――うつ病だという自覚はあったのでしょうか?
いえ、まったく。当時は心の病気はおろか体の病気だとも思っていなくて、休めばなんとかなるだろうと考えていました。翌年の春まで家で休養して大学に戻りましたが、また疲れきって動けなくなるという繰り返しで、結局留年することになってしまった。そうなってもまだ病気だとは思わなかったんです。
体がだるいとか休みの日は朝起きられないとか、そういうことって病気ではなくても疲れていればよくありますよね。熱があるわけでもおなかが痛いわけでもなく、疲れの延長線上の症状だったから、病気という感覚はなかったんですね。
「気力の低下」や「気分の落ち込み」といった心の不調は「体温」や「血圧」のように数字で測れるわけではないので、どこからが病気かの判断が難しいという面もあったのではないかな、と思います。
あるいはまた、例えば腹痛や発熱などであれば、子どものころから繰り返し経験する中で、「どれくらいだと病気なのか」「どの程度なら自分で対処できて、どれほどひどくなったらお医者さんに行く必要があるか」を自然に判断できるようになるものですが、心の不調についてはそうした「経験的な学び」がなかなかない、という要因もあったかもしれません。
結局、うつ病とは気づきませんでした。いくら疲れていたとしても普通は起きて学校に行くのが当たり前なのに、それができない。自分は怠け者というか、意志が不足しただめな人間になってしまったと、自分を責めていました。
もしおなかがものすごく痛いために起きられなかったなら、「人間としてだめ」とは感じなかったと思うのですが……。そのあたりもうつ病に気づく難しさの一因だったのかもしれないですね。
――異変に気づいたのは、同居しているご家族だったそうですね。
はい。留年した年の7月に家族がいろいろ調べて信頼できる精神科を探し、受診を勧めてくれました。医療者ではないので精神疾患に詳しかったわけではないと思いますが、マスメディアを通して「過労でうつになる」みたいなことはさかんに言われていましたから、精神科で診てもらったほうがいいと考えたのかもしれません。精神科に対する偏見みたいなものもなかったんじゃないかな。