しかし、この感情の正体は「怒り」だけでは説明がつかない。失われた命を嘆く、胡蝶しのぶの孤独と悲しみが、その身を切り裂くような嘆きが、そして、それらの不幸から人々を守らねばならないという強い決意が、言葉のひとつひとつににじんでいる。
■しのぶが受け止めていた厳しい教え
後にしのぶは、藤の花の毒を自ら摂取し、その毒におかされたわが身を、鬼に喰わせることによって、鬼を弱体化させるという計画を、ひとりでひっそりと進めることになる。
しのぶは、姉のカナエよりも、弟子のカナヲよりも身体能力に恵まれていなかった。小柄できゃしゃな体つき。体格・実力ともに格上の鬼・童磨によって、しのぶは致命傷を負わされる。傷ついた肺に血が流れこみ、苦しむしのぶの前に、亡き姉があらわれた。
<立ちなさい 蟲柱 胡蝶しのぶ 倒すと決めたなら倒しなさい 勝つと決めたなら勝ちなさい>(胡蝶カナエ/16巻・第142話「蟲柱・胡蝶しのぶ」)
姉の言葉は厳しかったが、姉の言うとおり、しのぶは無駄死にするわけにはいかなかった。しのぶは、打突と毒の攻撃にすべてをかけて、最後の技をくり出した。そして、彼女の捨て身の戦法が、童磨戦での勝機を鬼殺隊にもたらす。
「新聞ジャック」で見せた胡蝶しのぶの「拒絶の笑顔」は、ある意味では「しのぶらしい」特徴をあらわしていた。「妹」たちを傷つけるかもしれない鬼の前では、鬼が消滅するその瞬間まで、気を抜くことはない。冷静にほほ笑み、決して弱みを見せなかった。あの笑顔は決意の笑顔。強い蟲柱・胡蝶しのぶとしての姿がそこにある。
■胡蝶しのぶの「本当の笑顔」
では、しのぶが、日々、隊士たちに見せていた表情は、偽りだったのか。そんなはずはない。最終決戦の直前、彼女はカナヲに「必ず私が鬼を弱らせるから カナヲが頚を斬って とどめを刺してね」と、悲しそうにほほ笑んだ。一緒に生き抜いて欲しい、生きて帰ってきて欲しいと願うカナヲを心配して、しのぶは精いっぱい笑った。