ジャーナリストで評論家の立花隆さんが4月30日に急性冠症候群のため亡くなっていたことがわかった。80歳だった。「知の巨人」と呼ばれ、田中角栄研究をはじめ、政治、医療、宇宙、宗教など幅広い分野の問題を追究。その鋭い洞察力は教育の分野でも生かされ、大学の役割の終焉、日本人の教養の劣化を早くから見抜いていた。生前、自著『東大生はバカになったか』(文藝春秋)をベースにした自説を、週刊朝日に寄せていた。故人を偲んで、再掲する。
【写真】まさに「知の要塞」…立花さんの仕事部屋での貴重なショットはこちら
* * *
「世界で大恥をかく東大法学部卒の無教養」「東大型秀才の系譜はある種のバカの系譜」……。立花隆氏が新刊『東大生はバカになったか』(文藝春秋)で、東京大学を痛烈に批判した。東大卒の官僚の傲慢ぶりが東大のイメージを落としたが、企業内の東大卒評価も期待ほどではない。東大は、もはや“落ちた”ブランドなのか。
■「東大=エリート」は幻想だ 立花隆
僕は、「東大生がいかにばかか」ということを語りたかったわけではない。1997年に教養学部のゼミナールで学生と本を作ったが、できる連中は本当によく勉強していたし、なかなか頼もしかった。そもそも東大生の中でも本当にダメな学生は僕の授業なんて取らないし、僕も有象無象の学生を実際に見たわけではないから、東大生がどんなにばかかは何とも言えない。ただ、東京-札幌間の直線距離を30キロと答える東大生がいるなどというデータを見ると、学生たちの頭はおかしくなったとしか思えない。
だいたい、大学で勉強するだけの学力を持たない連中がゾロゾロ大学に入ってくるような入試制度がおかしい。ここ10年間で、受験生の負担軽減を合言葉に受験科目がどんどん減ってきた。東大はまだいいほうで、私大は2科目受験を導入するなど、率先して科目を減らしてきた。まるで大学レベルを下げる競争でもしているかのようだった。
文部科学省が「ゆとり教育」を掲げて、中・高等教育をやたらにいじり回して教育水準を切り下げたことが学力低下の元凶となったが、不思議なのは大学の先生がそんな文科省に頭が上がらないことだ。国立大学の場合、事務官は全員文科省直属の官僚で、文科省が勝手に人事を動かす。大学の予算作りから執行まで、その文部官僚が完全に握っている。組織としては国立大学は全部文科省大学で、東京分校、京都分校があると考えてよい。大学に独自の決定権があるのは、教授人事と個々の授業、研究の内容だけ。少しでもカネがかかる話は全部、文科省が采配をふるう。