TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、桑田佳祐監督「稲村ジェーン」について。
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この春4月の新聞見開き広告から潮騒が聴こえてきた。
「あの夏のビッグウェーブが甦る。」。そんなコピーの下に、きらきら光る波を眺める一組の男女、主人公ヒロシ=加勢大周と横須賀の波子=清水美砂が言葉も交わさずにじっと佇(たたず)んでいる。彼らは結ばれることはなかったのだろうなと切なく思い、その後ろ姿に自分を重ね合わせたりした。
30年の時を経て、桑田佳祐監督作品『稲村ジェーン』がBlu-ray&DVDで帰ってくる。
昭和40年、東京オリンピック翌年の夏の終わりの鎌倉・稲村ケ崎。ぶっきらぼうだが温かな湘南言葉と少年のはにかみ。ダイハツ“ミゼット”車内にぶら下げられたトランジスタラジオからは浜口庫之助の『愛して愛して愛しちゃったのよ』が流れている(ボーカルは原由子さん!)。平凡パンチ、トリス、ヴェトナム戦争、ロングボードに煙草のいこい、チェリオの瓶とカルピスのラッパ飲み……。
懐かしい昭和の小道具に囲まれて、海街ならではの粋な会話の連続ショットはさながらフレンチヌーヴェルヴァーグの趣だった。
20年に一度のどでかい波がやって来る。ヒロシが勤める骨董屋の店主(草刈正雄)はジェーン台風を覚えている。4メートルの大波に挑んだが、今は結核を患う。彼の病室からはひんやりと死の匂いが漂い、「静かな海にばっかり浮かんでいたってしょうがないじゃない」という波子の言葉が心に沁みた。
特典のメイキング映像で桑田監督が語っていた。「映画を観ている人たちが、これはやっちゃいけないよねということをやるべき。バカだなぁこいつはと言われた方が楽しいじゃないか」
若き監督がメガホンを握り、「ヨーイ! スタート!」と号令をかける。
撮影の進行に連れ、責任感とみなぎる決意に色気と孤独が漂い、感覚がみるみる研ぎ澄まされていく。