「そこからの藤井さんがまさに驚異的でした。時間がほとんどない中、集中力を切らさず、終局までに指し続けた50手以上、ほぼ最善に近い手でした」
下段一段目にいた藤井の受けの金は中段へと上がっていく。
「金を四段目に上がった手は、特に時間がないときにはなかなか指せない。藤井さんとしては相手の角を押さえ込まなければ、という判断があったんでしょう。もちろん藤井さんは盤上最善の順を追求し、相手の疑問手を誘う意図はなかったと思います。しかし結果的には渡辺さんの読みをはずし、意表を突くことになったか。直後に渡辺さんに疑問手が出ました」
優位に立ってからの藤井はいつもどおりの自然体で勝利を呼び寄せた。過去の九段昇段年少記録は1位渡辺、2位谷川でいずれも21歳。もし藤井が棋聖を防衛すると、史上最年少九段となる。
一方、現役最強とも言われ、ほとんどの棋士に勝ち越している渡辺は、藤井に通算1勝7敗と圧倒され、五番勝負は連敗でカド番に追い込まれた。
「一局一局おこなわれる番勝負では、一度に3勝はできません。やはりまず1勝することが大きい。渡辺さんも局後、『まずは一つ返すことが目標』と言っていました。渡辺さんは過去にタイトル戦でストレート負けを喫したことがありません。『次こそは』と考えているでしょう」
渡辺はツイッターで以下のようにつぶやいた。
「今までの対藤井戦とまた違った負かされ方でしたが、新しい課題と意識して次戦に向かいたいと思います」
(ライター・松本博文)
※AERA 2021年7月5日号より抜粋