「どのチェーンも魚には限界を感じているはず。売り上げ規模ではスシローの一人勝ちといわれていますが、陸上寿司の導入で、それを切り崩す可能性は十分高いのです」(米川さん)
業界最大手のスシローに対抗する「切り札」が、陸上寿司というわけだ。なかでも各社は肉に焦点をあてた商品を次々と出し、ボリューム感で魚介との違いを出す。肉に合うソースを開発し、ブランド牛を取り入れるなど差別化も進めている。
■肉寿司専門部隊を創設
「陸上寿司は決してザコではありません。ぜひ、回転寿司のツウとして食べていただきたい」
そうほほ笑むのは、くら寿司で広報を担当する辻明宏さん。現在、店で出す86種類のネタのうち、16種類は牛カルビや味玉といった陸上寿司が占める。
「数年前に肉専門のバイヤーを置き、高品質な肉の仕入れに取り組んでいます」(辻さん)
その努力が実ったのか、人気上位20種には肉寿司がランクイン。期間限定メニューもすぐに売り切れる人気ぶりだ。
はま寿司は2019年、「肉にぎり研究所」を社内に発足させた。親会社は牛丼チェーンを手がけるゼンショーホールディングス。その強みを生かし、国産黒毛和牛といった高級食材もネタに取り入れてきた。ローストビーフ一つとっても、ガーリックソースなどガツンとしたものから山わさびなど大人の味まで、通常メニューとして11種類の肉握りを出している。
「味の濃さにかかわらず、シャリに合うよう試行錯誤を繰り返しています。イチボや牛タン、ザブトンといった、100円寿司では珍しい部位を使った握りも好評です」(同社広報)
ブームの背景には、消費者の「魚離れ」もある。国の調査によると、06年に1人当たりの肉と魚の消費量が逆転し、09年以降は差が広がっている。
■老舗寿司店でもネタに
陸上寿司の台頭を、老舗の寿司店はどう見るのか。東京・下北沢で46年にわたり寿司を握り続ける「ほり川」の堀川文雄さん(73)は言う。
「回転寿司はすごい努力をしているし、みんなが生の魚を食べられるわけではありません。“陸上寿司”が話題になっているのはとてもうれしいですね」
実は、堀川さんも陸上寿司の握り手の一人。30年以上前から野菜寿司を出し、3年前からマンゴーやイチゴなどのフルーツネタもふるまうようになった。
「邪道だと言われることもありましたが、食生活も人の味覚も変化しています。変化にあわせて寿司も新しいものを取り入れたい。そうして残ったものが王道になっていくと思います」
海であろうが陸であろうが、回ろうが回らなかろうが、おいしいものを作りたい気持ちは変わらない。寿司には職人の哲学が詰まっている。(編集部・福井しほ)
※AERA 2021年7月5日号