ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、ネットオークションに出品された日本画について。
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よめはんに呼ばれてパソコン部屋に行った。「これ見て」という。
ネットオークションだった。額装の日本画が出ている。葦(よし)が疎(まば)らに生える月明かりの池に七羽の鴫(しぎ)がいる。絵は静謐、鴫の描きようも上品だ。
「誰の絵や」「○○さん」
文化勲章受章の物故作家だ。よめはんとわたしが芸大の学生だったころ、日本画科の教授をしていた。絵は十五号(約六十センチ×五十センチ)、出品価格は一万五千円だから、めちゃくちゃ安い。
「これ、本物か」「どうなんやろ……」
添付画像を順に見ていった。鴫は巧い。生命感がある。構成もわるくない。月を映す水面が不自然なようにも見えるが、小さい画像では判断できない。全体に色が弱いのは夜の風景でもあり、撮影の仕方にもよる。絵の落款(サイン)と印章は○○さんの画集で見るものと同じで、額の裏に貼られたシールにも違和感はなかった。額にはもう一枚《××多聞堂額装》と印刷されたシールが貼られていて、これはよめはんも知っている東京の老舗の額装店だった。
「なんで、こんなに安いんや」「シミだらけやもん」
確かにシミが多くあった。絵にも額裏にも。
「このシミは簡単には直らんな」修復はむずかしい。シミを目立たなくすることはできそうだが。
「この絵、欲しいんか」「別に」なんとなくオークションを覗いていたら、珍しく『○○』が出ていたから、わたしを呼んだという。
よめはんとふたりで絵を詳細に見ていった。
「構図は」「まとまってるよね」「鴫は」「かわいい」「足を描いて欲しかったな」水鳥だから足先は水面下に隠れている。鳥を描くときにむずかしいのは羽根の一枚一枚と、爪の生えた足だ。猛禽類は力強い足、小鳥は軽やかな足、そこに画家の技量が表れる。