「額が安っぽいな」「ステンレスやもん」「落款は」「○○さんやね」「印章は」「本物みたい」「おれが気になるのは水面や。波紋がもうひとつやろ」「そういうたら、そうかもね」
よめはんとわたしの最終的な評は“本物とも偽物ともいえない”だった。もちろん入札などしないが、落札額がどこまで行くか興味はあった。
『○○作の鴫』は毎日のように現在価格があがって、最終的には三十万円弱で落札された。入札件数は230弱だから、かなりの人気があったということだ。
よめはんは知人のTさん(日本画家=○○さんの弟子筋)に画像を添えたメールを送った。○○さんの絵が出ていた、と。
Tさんからすぐに返信があった。「この○○先生の絵は息子さんの△△先生の版画をもとにして描かれた偽物ですね」と。「△△先生の『月明』は昭和六十年に描かれた百五十号の絵(鴫は五羽)で、某カントリークラブ所蔵です。△△先生はこの百五十号の絵を十五号の版画にされているので、その版画をモデルに二羽の鴫を足して日本画を描き、そこに○○先生のシールも偽造して貼り替えているように見えます」「しかし、これはなかなかの贋作者です。よくできた偽物ですね」
バブルのころ、この手の贋作が横行した。いまもユーレイのように出没する。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2021年7月9日号