一方、近年の五輪について「哲学がなくあまりにも軽すぎる」と嘆くのは、東京都立大学の舛本直文客員教授(五輪論)だ。その象徴というのが2016年リオデジャネイロ五輪閉会式で登場した「安倍マリオ」。安倍晋三首相(当時)がスーパーマリオ役に扮する企画の演出を務めたのは先の佐々木氏だ。

 舛本さんはこう語る。

「あれは国内向けの政治メッセージ、つまり政治利用です。日本文化を代表するものとしてアニメやゲームを発信したかったんでしょうけれど『日本文化を発信する』という発想がそもそもずれています。国際協調の視点をせめてもう少し打ち出してほしかった」

 舛本さんは五輪本来の目的に立ち返るべきだ、と訴える。

「世界がコロナ禍に見舞われている今、五輪憲章の『平和な社会の推進』のために打ち出すべきは、発展途上国の感染対策への支援です。新型コロナウイルスのワクチン提供もアスリートだけでなく、衛生環境が劣悪な国の人々への提供を優先すべきでした。ところがIOC(国際オリンピック委員会)も組織委も自分たちの利益ばかりを追求しているのが見え見え。五輪の精神をないがしろにしたツケが今回の大混乱をもたらしたと見ています」

 東京大会の第32回オリンピアード(五輪暦)の期間は20年1月1日から23年12月31日まで。今回、自治体などが準備しながら実施できなかった異文化交流などの文化プログラムも、コロナ禍の収束が見込めるこの期間内にあらためて検討し直すことも可能だ。しかしそうした声は国内で上がらず、メディアや世論の関心はメダルの獲得数に集まりつつあるようにも映る。

「今回の東京大会でオリンピズムという言葉も浸透せず、広く共有することもできなかったのは残念としかいいようがありません」(舛本さん)

 五輪精神がないがしろにされる一方、商業主義や政治利用がはびこる現状を変えるにはどうすればいいのか。舛本さんは「アテネ恒久開催」を唱える。五輪発祥地のギリシアの首都アテネを「五輪の聖地」とし、4年に1度、恒久的に開催するという案だ。実現できれば、誘致にかかる巨額かつ不透明な資金の流れを止めることもできる。

「かつてのように発展途上国が経済成長のステップとして五輪を活用する時代は終わりました。IOCには商業主義を断ち切り、オリンピズムの普及に専念してもらうべきだと思います」

(編集部・渡辺豪)

※AERA 2021年8月2日号に加筆

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