『今できることを、全力で』
彼女は、アスリートとして本当に必要な要素を持ち合わせていた。自分にできることをひとつずつ積み上げていき、できたら、次に進む。池江はそうやって一歩一歩、確実な歩みを進めてきた。
それができたのは、池江自身のアスリートとしての矜持だけではなく、それを支える西崎勇コーチの存在も大きかった。西崎コーチは、決して池江に無理をさせない。彼女がやりたい、と言ったことをサポートすることはもちろんだが、時にはブレーキを踏んで池江を諫めた。「僕たちが本当に目指すのは、パリ五輪だから」と。
それが、今年4月の日本選手権で50m、100mの自由形とバタフライで4冠を果たし、リレーでの東京五輪代表入りにつながった。
師弟が予想していたよりも早く世界の舞台に戻ってきた池江。味わえないと思っていた、地元東京での五輪の雰囲気。その幸せを噛みしめながら泳いだ、最初のリレー。
第一泳者の五十嵐が自己ベストの54秒10の自己ベストを更新して池江に引き継ぐ。その池江も前半から積極的なレースを魅せる。後半、少し失速したようにも見えたが、それでも53秒63という好タイムをマークした。酒井、大本と引き継ぎ、トータルタイムは日本記録にコンマ03秒届かない、3分36秒20の9位。惜しくも決勝には届かなかった。
「楽しい、という気持ちもありましたが、ただ楽しいだけではダメなのが試合。日本記録と決勝進出、という目標を立てていましたが、ふたつともクリアできなかったことがいちばん悔しいです。ただ、雰囲気とかいろんな情報をつかめた試合だったので、これを次のレースにつなげていきます」
コンマ数秒を戦う世界に戻った池江の目は、鋭く光る。アスリートが全力を賭して戦う姿が、そこにあった。