奇跡は起きた。しかし、それは偶然ではなかった。
7月27日に横浜スタジアムで行われた東京五輪ソフトボール決勝。日本は最大のライバルである米国に勝利し、ソフトボールが前回実施された2008年北京大会に続く金メダルに輝いた。
この試合の勝敗を分けたのが、六回ウラの「神ダブルプレー」だ。
2‐0の日本リードで迎えたこの回、攻撃側の米国は1死一、二塁のチャンスを作る。次打者は3番・チデスター。サウスポーの後藤希友(みう)が投じた5球目をチデスターがはじき返し、ライナー性の打球が三塁手・山本優を襲った。打球は山本の左手首を直撃、ボールはレフト方向に大きく弾んでいった。
このとき、誰もが「点が入った」と思ったはずだ。ところが、そこにショートの渥美万奈が現れた。左手のグラブを大きく伸ばし、打球をダイレクトでキャッチすると、二塁へ送球。飛び出していた二塁ランナーは塁に戻れず、併殺打が成立した。打ったチデスターは、一塁を回ったところでぼうぜんとした表情を浮かべていた。
米国チームとすれば「不運な出来事」だっただろう。しかし、このプレーは偶然成立したわけではない。試合後、渥美はこう語った。
「チデスターの調子が良くて、後藤のボールも引っ張れると思っていた。なので、あらかじめ三遊間の三塁に寄った状態で守っていた」
渥美は、守備位置を数歩だけ三塁側に寄せていたのだ。これが、その後の試合の流れを決めた。