■早業!「針外し」
一人が釣り上げると別のスタッフが駆け寄り、タチウオが一瞬動きを止めた隙に針を外す。体表を覆う銀色の膜・「グアニン箔」は簡単にこそげ落ち、致命傷になり得るため、極力体に触らない。息ぴったりの連携で、釣り上げてから10秒以内にいけすに放す。かつてグアニン箔は、マニキュアや人工真珠の原料にも使われていた。
■仲間や人の手もガブリ
下あごがしゃくれた口には、鋭い歯がずらり。光るものを餌と認識し、群れの仲間にも噛みつくため、ケガをした個体が釣れることは茶飯事。下半身がない場合もあるが、肛門が体の中央にあるため生きていられる。以前噛まれた飼育員の腕には、赤黒い二つの点が痛々しく残っていた。
■帰港。船から輸送車へ
リレー形式でタチウオを活魚車に運ぶ。お手製のビニールの担架“ビニダモ”に入れ、丁重に。「この人たち、縦に泳ぐから飛び出しやすい」というスタッフの言葉どおり、水槽のふたをしめようとした瞬間、隙間から1匹がジャンプ! コンクリートに落下した。
■水族館スタッフが出迎える
ふたが開くと、首都高の高架下であった──。活魚車が水族館に到着し、スタッフ自ら水槽に入って1匹ずつすくう。「めっちゃ寒いです」と手を震わせつつ、長旅を乗り越えたタチウオたちに優しいまなざしを向ける。傷の炎症を防ぐために抗菌剤を入れた水は、入浴剤を溶いたような鮮やかな緑色。
■ビル内の水族館の、驚きの通り道
館内の客と鉢合わせしないよう、一度11階に運んでからダストシュートのような穴で10階の水槽に下ろす。二人がかりで慎重にロープを操るも、左右でスピードがずれるとビニダモの水平が崩れ、下で待ち受けるスタッフに水がばしゃり。「後でおぼえとけよ!(笑)」と苦情が飛んできた。
■無事、引っ越し完了
「こんなキラキラしてるの!」「ほんとに立って泳いでるー」。水槽の前で、人々は口々に感嘆を漏らしていた。突如大勢の目にさらされても、約20匹の古参と混ぜられても、動じる素振りはない。東京湾の深く暗い海を模した水槽を気に入ったのか。新天地でも健やかに過ごしていただきたい。
(取材・文/本誌・大谷百合絵)
※週刊朝日 2022年12月2日号